小説 川崎サイト

 

暑苦しい話


「暑くなりましたねえ」
「もう夏バテです」
「梅雨前の今頃が一番暑いようです」
「そうなんですか」
「まだ春物を着ていたりしますからね。それと暑さに慣れていない」
「ああ、なるほど。しかしバテては何ともなりませんよ」
「でも、出てこられた」
「日課ですから」
「まあ、バテているときは家でゆっくりしている方がいいですよ」
「退屈します。ゴロゴロしているだけじゃ」
「でも夏バテなんでしょ」
「少し怠いだけです。足が少しきついです」
「足が」
「足が怠いというか重いし、痛い」
「大丈夫ですか」
「僅かな距離なら完歩できますが、後半、怠くなってきて、足が上がらない」
「それはいけない」
「いえ、少し間を置けば、戻ります。坂で足が出ないときがあるでしょ。あれと同じで、少し間を置けば、歩けます」
「それはいい」
「それよりも食欲が落ちましてね。朝食は半分ほどしか食べられない。これじゃカロリー不足で、さらにきつくなる」
「それはいけませんねえ」
「昼は適当な店で、適当に食べているのですが、蕎麦が多いです。しかし、朝食が残っている。だから、店屋に寄らないで、朝食の残りを食べればいい。しかし、食欲がない。さて、こういうときはですねえ、お茶漬けです」
「はい」
「あれは胃を荒らすといわれていますが、荒れる以前に胃にもっと入れないといけない。お茶漬けさらさらで、さらさら流し込めます。漬物を細かく切って入れれば、それで塩気が付く。それにお茶そのものにも味と香りがありますからね。茶漬けだけでもいい」
「あああ、はい」
「沢庵は歯が弱ってから噛み切る勇気がありません。あまり負担をかけたくない」
「はい」
「梅茶漬けもあります。これはですねえ、単に梅干しを一つ入れりゃいい。お粥さんに梅干しを入れるようなものです。梅干しは何故か安心感があります。先祖代々、みんな食べてきたためでしょう。食中りでも梅干しをなめりゃ、治ったとか」
「あのう」
「何か」
「夏バテは」
「してます」
「しかし、元気ですよ」
「口だけはね」
「はい」
「茄子の漬物。これは醤油吸いと言いましてね。たっぷり醤油の染みこんだ茄子の漬物がいいのです。茄子の腹の白い部分、あれはスポンジですよ。お茶漬けに茄子の漬物。これはいいです」
「キュウリは」
「あれは歯触りでしょ。ざくざくと食べる。しかし、歯が厳しいので、駄目です。私は茄子党です」
「なるほど」
「しかし、カロリー計算すると、朝食を半分半分で朝と昼に食べる。そして夕食です。つまり、いつもは三食なのに、二食になる。これは問題でしょ。暑い盛り、カロリーも使うでしょ。もっと食べないと」
「ええ」
「それで、考えたのは、いや自然にそうなるのですが、夜にお腹がすく。やはり二食では、そのまま寝るわけにはいかない。それと気温も夜なので、下がりだし、食欲も戻ってくる。それで、夜食となるわけです。特配です」
「はい」
「夜食、これは食べてもいいのです。寝る前、数時間は何も食べない方がいいとされていますが、すいているとそもそも寝られない。腹がすいて寝られないのです。これじゃ睡眠不足になる。それに朝食を二等分したので、貸しがある。一食分足りないわけです。だから堂々と夜食を主張してもかまわない。その権利がある」
「そう怒らないで」
「責任者は誰だ」
「あなたでしょ」
「そうでした。それで、この夜食が実に美味しい」「何を食べられるわけですか」
「鍋焼きうどんです」
「また、暑苦しいものを」
「これを食べると、どっと汗が出て、汗が引き始めると、寒いほど」
「ああ、はいはい。お元気そうでなりよりです」
「いやあ、夏バテで」
「その話、結構疲れました」
「そうですか」
「私がバテました」
 
   了

 


2020年6月9日

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