小説 川崎サイト

 

第三分室と鳴門金時疑惑


 繁華街の外れの雑居ビル五階にある第三分室。そこに一人だけで勤めている田中は仕事がないので暇なため、毎日のように市場調査、つまり散歩に出ている。
 そんなある日、珍しく本室から電話があった。運良くオフィスにいたので、散歩はバレなくて済んだが、別に外室禁止ではなく、休憩時間もあるし昼休みもある。ただそれが長いだけ。
 本室からの用事は、第一分室、第二分室までで第三分室まで回ってくることはないのだが、たまにある。前任者など、一度もなかったらしい。それで退屈しきって退社したが、年齢的には退職年齢。かなりの退職金をもらったようだ。
 それで、命じられたのは買い物。そして買ったあと、すぐに第二分室に届けること。それだけだ。
 たまに来た本業が子供の使いの八百屋での買い物。そんなことでいいのかと思いながら、しばらくそのことは忘れていた。
 そのあと世間を騒がせるような疑惑事件が起こった。汚職のようなものだろう。よくあることなので、田中は気にも留めなかったが、テレビで始終やっているので、見る気はなくても見てしまう。それに他のメディアでもやっている。旬の事件。田中も一応会社員、だから社会人としての常識として、知っておくのも悪くはない。
 問題は賄賂だろう。金を渡して、有利に話を持っていく。それで、証拠が出たらしいが、それが安っぽいファイル。書類を挟む薄いシートだ。その中にメモが入っていた。それが証拠らしい。
 それで、関係者が国会に呼び出されている。これをどう説明するのかと。
 疑惑に対する釈明のようなことをしている大きな男がテレビに映っている。田中は見たことがある。それにあの安っぽいファイルも。中身までは見ていないが、本室に届けたことまでは覚えている。その人、音羽といったようだ。
 そして、音羽の後ろにいる人が、さっとレジ袋を音羽に渡した。
 そしてそれを開け、中からサツマイモを取り出し、一本、二本と示した。
 鳴門金時三本。というのがメモの中身。鳴門金時とはサツマイモの銘柄、四国産だろう。
 田中は仰天した。先日自分が買ったものだ。
 鳴門金時三本で三億円。
 音羽は八百屋のレシートを示し、消費税込みで一本百円。そして合計三百円と説明した。
 そして、補足として、八百屋の大将は買った客に景気のいいかけ声のように、「へい大根一万両」などというものだ。それが一億円だったとしても、誰もそんな金は払わない。百円だ。しかし、一億円のところを百円で買えるので、いい気分になれる。そういうことだと国会で説明した。
 また、八百屋の大将のことを軍の大将とは誰も思わない。しかし、大将と呼ばれても、誰も誤解などしない。それと同じことだと。
 田中は仰天したというより、自分がこの前、赤ら顔の親父がやっている八百屋で買ったサツマイモがテレビに映っているので「おお」と思ったのだ。
 
   了

 
 


2020年6月11日

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