小説 川崎サイト

 

草むらの中の会社


 だだっ広い敷地。水平線が見えるほどには広くはないが、取り囲んでいる建物が遠いため非常に小さく、横に並んでいるように見える。敷地内は草が生い茂っており、畑もあるが、草が多い。自然に任せていても、季節になれば枯れるし、それほど伸びる草はない。ただ、蔓が結構伸びている。ただし横にだ。これが一つの茎から出ているとは思えないほど拡がっている。
 敷地内の端に建物があり、人の姿が見えるのはそこだけ。三階建てのビルだが、数人がいるだけ。ビルと公道とは比較的近い。元々私有地だったのだが、その道は公道になっている。敷地内に沿って走っているが、交通量は少ない。人も車も、このあたりには来る用事がないし、通り道でもない。敷地の端に川があり、それなりの川幅だが橋は架かっていない。これも渡る用事がないためだろう。当然向こう岸の街からも。
 鶴岡はここで勤めるようになったのだが、若くはないが、新入社員。長く正業に就かないで、ぶらぶらしていたのだが、その間、考えていた夢のようなものが、実現しそうにないことが分かったので、就職した。
 一応事務職だが、ワードもエクセルも知らなくてもいいらしい。条件としてない。
 初日は挨拶しただけで、帰った。
 帰っていいというのだ。
 初仕事が、帰っていいというのは、ほっとする。どんな仕事かは分からないが、慣れない事務など、できるのだろうか。簿記も珠算も知らない。知っているものとみなされて、さっと仕事を命じられると恥をかく。まあ、どんな職種でも新米はプレッシャーがかかるし、また知らないこと、やったことのないことをするのは緊張する。その初日だけで、辞める人もいるだろう。
 しかし、帰っていいというのだから、その難を避けることができた。実際には後回しになっただけだが。
 鶴岡はビルの裏側の窓から、広大な敷地を見る。以前何があったのかは分からない。しかし、所々古い建物が残っている。だが、草に覆われ、それが建物なのか、草の塊なのか、分からないほど。
 風景としてはいい。
 鶴岡は、ビルから出て、歩いて最寄り駅まで歩いた。駅に自転車を止めておけば楽かもしれない。結構遠い。
 明日から何をやらされるのかは、少し心配だが、今はまだ朝だ。駅前に繁華街はあるが、遊びで寄るには早すぎる。
 世の中には不思議な仕事場もあるのだな、程度で、その日は大人しく部屋に戻った。前日興奮して眠れなかったので、帰って寝る方がいい。
 鶴岡の出社第一日目は終わったが、出社しただけだった。
 
   了

 


2020年6月14日

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