小説 川崎サイト

 

調略の果て


 戦国時代の調略。これは武力ではなく、外交のこと。調略で敵の城を取る。刃向かう敵では被害が出る。だが敵の本拠地ではなく、その周辺の城は取れたようだ。
 これは世の流れを説き、また敵味方の優劣などを説き、無駄な戦いをしないで、我が方の人になれということを懇々と説く。また誠意を見せる。これが上手かったのが秀吉だとされている。悪くいえば人たらし。元々百姓なので、武家としてのプライドなど、後付けだろう。
 その調略で、敵の一城を先ず取った。敵としては寝返ったわけで、主を裏切ったのだが、主から与えられた土地の館主ではない。元々、その地の支配者だった。だから自治国のようなもの。数ヶ村を差配している。当然主筋への貢ぎ物や、主筋からの頼み事は聞かないといけないし、人や金銭も出さないといけない。本城の領主とは主従関係になっているが、これは浅いもの。
 草加城主はそれで敵側に寝返ったのだが、その見返りは千石が二千石になること。戦いに参加しなくてもいいというもの。これは流石に主従関係にあっただけに、そこまでの協力は必要ではないらしい。それよりも黙認すればいい程度。だから戦いになってもじっとしておれということだろう。
 今までの領主、これは一国の主で数十万石レベルの大名だ。しかし、代が変わり、人望がなくなった。
 草加城が寝返ったことは何となく、その周辺の城城にまで伝わった。あくまでも噂だが。
 そして、他の城城にも、その調略が入っている。
 草加城の隣りにある赤坂城には、それが来ない。重臣のためだろう。寝返るような相手ではない。
 しかし、赤坂城の赤坂氏は重臣とはいえ、格下の草加城と同じ石高。これが気に入らない。重臣でも端っこの人物で、長く家老をしているだけで、信認が薄いのだろう。それに、敵が頻繁に調略をかけ、既に寝返っている城が多い。これは負けるなあと赤坂氏は思うのだが、何ともならない。しかし、何とかしないと負ければ赤坂城も落とされ、赤坂氏も亡びる。これは何とかしないといけない。
 赤坂氏の当主は若いが、その祖父が敵の本拠地へ乗り込んだ。既に戦いが始まるような雰囲気があり、国境近くには互いに兵が出ていた。
「赤坂殿がお見えです」
「誰じゃ」
「草加城の横の」
「赤坂といえば敵の重臣」
「はい、その方がお見えです」
「用件は」
「寝がいりたいと」
「それはなあ、どうかなあ」
「お話しだけでも、お聞きになられては」
 この外交家は赤坂城には何も仕掛けなかったし、調略で落とす気は最初からない。手強いのではなく、領地安泰どころか、倍ほど与えないといけない。
 赤坂領は、草加に餌として与えている。
 そして、詰めの話となる。
「何とかなりませんでしょうか」
「困ったなあ」
「領地安泰だけで、それ以上の恩賞は必要ではありません」
「草加との約束がある」
「駄目ですか」
「草加殿を裏切るわけにはいかん」
「分かりました。では無血開城では如何ですか」
「それなら、追放だな。命だけは助ける。好きなところへ行けばいい」
「それでは先祖代々の家来や領地が」
「何とかしたいのだがなあ。殿が許すまい」
「分かりました」
「悪いなあ」
「いえいえ」
 そして、いよいよ開戦となったのだが、意外と進展がない。敵の勢力はかなり減ったはずなのだが、本城に近付くに従い、手強くなり、戦いは膠着状態になった。
 そのすきに、赤坂城から兵が出て、寝返った草加城を襲撃した。そして、見事落とした。
 あのとき、赤坂氏が寝返るといったのに、それを聞き入れなかったためだろうか。逆に寝返った草加を裏切り者として成敗する名分を与えたことになる。これがきっかけで、戦いは逆転した。
 赤坂氏は先祖代々の領地を倍にした。与えられたのではなく、自分で切り取ったのだ。
 
   了


2020年6月17日

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