小説 川崎サイト

 

錬金術


 柴田は最近熱中することができたので、暇をそれで潰せた。一日があっという間に過ぎるほどで、時間が足りない。いつもなら寝るまでの時間が長く、早い目に寝てしまったり、夕食までの時間が長く、早い目に食べていたりする。朝は早く起きてもやることがないので、好きなだけ寝ていた。しかし、それほど眠れるものはない。それに昼寝もするので、もう睡眠時間もパンパンで、それ以上暇潰しとして使えない。
 時間だけはふんだんにあるが、やることがない。それで、意味もなく近所を自転車でウロウロしているのだが、これは一定時間、何とか時間を消費できる。ただ、見慣れた風景ばかりなので、飽きてくる。
 そんな状態のとき、やっとネタを見付け、それをやり始めた。今までの生活が嘘のように違ってきた。良いことだ。やること、熱中することがあるのは仕合わせな話。
 昼食も夕食も忘れるぐらいだが、腹がすくので、決して食べないで過ごすわけではないが、これはもう適当なものを食べて、空腹を満たすだけの食べ方になっている。以前なら夕食が楽しみで、食べるものを考えるのが仕事のようなものだった。今は何でもかまわない。口に入るものなら。
 こんな経験は柴田にも昔はあったような気がする。うんと若い頃、十代か二十代初めの頃だろう。
 今は熱中できるものなら、何でもいいようで、一日がそれで充実すれば、それでもう満足。当然その成果を期待しているが、これは社会的に有為なものではなさそうなので、大した価値はない。価値は暇潰しとして貢献することだろう。
 それで柴田は生き生きとした幸せな日々を送っていたのだが、限度、限界というのがある。尽きてくるのだ。徐々に飽き始めるし、やることが減ってくる。先が見えてきた感じで、底が分かり出す。
 最初の頃は大海原が拡がっていたのだが、今は向こう岸が見える。
「良いネタを見付けたようだね、柴田君」
「はい、しかし、そろそろです」
「先が見えてきましたか」
「はい」
「そこからが勝負ですよ」
「そうなんですか」
「誰にでも行けるところがあります。そこまでは意外と簡単。しかし、あるところで止まります。ここからが勝負なんです」
「はい」
「もう飽きましたか」
「飽きていません」
「それはよろしい。良い感じです。しかしネタが切れかかっているのでしょ」
「いや、あるのですがね」
「ストレートに進むとそうなります」
「はあ」
「認識を変えてみなさい。そんなに奥まで行かなくても見付かるはずです。ゴミのような物を宝に変えられるのです」
「ほう」
「錬金術です」
「はい、やってみます」
「ただし、金は作れません。しかし作れるかもしれないというのがミソなんです」
「はい、やってみます」
「ご苦労なことで」
「暇になるのがいやですから」
「うむ」
 
   了


2020年6月18日

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