不熱中時代
熊本が自転車で町内を散歩していると、見覚えのあるシルエットがある。ミニサイクル、つまりタイヤ径の小さな折りたためる自転車に乗った男。自転車が珍しいのではなく、乗っている男。背が高く猫背。そして非常に痩せている。
これだけのシルエットで、誰だか分かるはずはない。似たような自転車と見かけの人なら、いくらでもいる。もしそれだけでも分かるのなら、匂いのようなものを発しているためだろうか。決して鼻で嗅ぐ匂いではない。
「上田君じゃないか」
熊本はほぼ確信できたので、そう呼びかけたのだが、まだ遠いようだ。だから独り言のようなものになった。
男は近付いて来るので、距離はいずれ近付く。そのときもう一度声をかければいい。
熊本もペダルを強く踏む。すると、顔が分かるところまで来た。やはり上田。しかし、下を見て進んでいる。何も見ていないのか視点は地面にある。
「やあ」
と熊本が声をかけた。
「あ」
上田も気付いたようだ。
道路の左と右、立ち話はできないので、横にある駐車場へ鼻を入れる。
二人は旧友。今は付き合いはないが、たまに出合ったときは二言三言話す程度。
四言五言とならないのは、上田の反応が徐々になくなるため。だから話が弾まないので、二言三言まで。
今回もそうだと思い、適当に生存確認程度の言葉のやり取りをしただけで、別れようとしたが上田に反応がある。つまり、生体反応が今までより活発。何か話したいようだと上田は気付き、四言目を加えた。
「実はやることがなくてねえ。退屈なんだ」
と、上田が語り出した。愚痴のようなもの。だから深刻な話ではなさそう。しかし、上田の方から話してくるのは珍しい。余程往生しているのだろう。退屈状態で立ち往生。あることだ。
「熱中できるものでも作ったら」と熊本はすぐに解答を与える。そうでないと、いつ上田が話し終えて、去るか分からないので、先に言っておいた。
「熱中できるものがないから、退屈なんだ」
「何でもいいから作ればいいんだ」
「熱中するには意味がいる。何のためにやるのかの理由がいる」
「だから、熱中するためじゃないか」
「熱中のための熱中か」
「熱中してしまえば、何でもいいんだ。それで生き生きするから」
「あるか?」
「さあ、それを探すことが大事」
「探したけど、ない」
「範囲を狭めたり、禁じていたりしているだろ」
「それを広げると怖い」
「あるんだ。熱中できるものが。しないだけで」
「やはり、意味がいる。王道じゃないと」
「王道も邪道もない」
そういうラリーになると、旧友時代を思い出す。そういうことで、よく語り合った。ミーティングというより、雑談だが、それが楽しかった。
「有益でないとねえ」上田は、それにこだわっている。
「熱中が有益なんだ」と熊本が反論する。
二人は途中で、気が付いた。
昔もそんな会話を長々とやっていたことを。
了
2020年7月1日