小説 川崎サイト

 

面を取れ


 守り役というのがある。子守だが、それが嫡子であった場合、付け家老となる。
 戦国末期、既に勢力は固まり、隣国同士の領土の奪い合いなどが私戦とみなされた頃。だから大きな戦いがその後起こるのだが、その手前の時代。
 それなりの勢力を誇るが天下を動かすほどではない領国がある。その殿様はまだ若いが、次の時代を考え、第一子には懐刀、右腕と頼りにしている家来を付けることにした。何よりも重臣中の重臣で、先代から仕えている宿老なので、他の家臣にも押さえが効く。
 領地が丸く収まり、侵略も跳ね返してきたのもこの家老がいてのこと。だから次の世代も、この人に任せたい。それで、息子にやってしまった。
 この家老、田宮兵衛という単純な名だが、何せ何代にもわたって仕えているためか、高齢。
 まだ幼い若君に対し、まさに爺そのもの。当然、子守も上手い。
 若君はすっかり懐いてしまい、それを見ていた殿様は安心した。
 その間にも二大勢力が最後の決戦でもやろうとかする時期になっており、この田宮兵衛も子守ばかりはしてられない。どちらに付けば安泰かなどを調べる必要がある。田村は既に腹づもりができている。そのためには身内の政敵を何とかしないといけない。
 そんなことを考えながらも、若君に仕えていた。まだ幼いのでただの子守だが。
 ある日、いつもご機嫌な若君なのだが、泣き止まない。それで、泣くと鬼が来るぞと言って、鬼の顔をした。
 すると、若君は泣き止んだ。子守が上手いので、簡単なものだ。そして、また鬼の顔をすると、若君は大喜び。
 そういうことを繰り返していたのだが、諸国の様子がおかしいので、すぐに来るようにと殿様から呼び出しを受けた。当然だ。
 殿様との密談。呼ばれたのは庭にある茶室。これは密談であることはすぐに分かる。
 茶室の低い戸を開け、下を見ながら、田宮が入ってきた。既に殿様は座っている。
「おお、田宮の爺か、近う、近う」
「ははあ」
 田宮は殿様の斜め左に座った。
「面を取れ」
「はあ」
「面を取れ」
「何も付けておりませんが」
「鬼の面」
「ああ、はて」
 どうも、幼君に鬼の顔をしたのが戻っていないようだ。
 田宮は膠着した顔を両手でゴシゴシ擦った。
「まだ被っておる」
 そういう鬼ズラの話ではなく、二大勢力の件で本筋に入った。
 田宮の鬼のような忠言を、殿様は聞き入れ、家臣団をまとめるため、ちょと手荒い掃除をした。
 鬼退治ではなく、鬼が家中の鬼を退治したのだろう。
 その後、二大勢力の戦いは、田宮が言う通りの結果になり、お家は安泰。
 のち、鬼の田宮と呼ばれるようになったが、しばらくのことで、そんな人がいたことなど、もう今では知る人は少ない。
 田宮家は今も続き、その子孫は、それを知っており、床の間には鬼の面が飾ってある。
 
   了

 


2020年7月2日

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