小説 川崎サイト

 

その人


 マイペースを保っていた久保田なのだが、最近少しだけ様子が違う。だが、普段と同じように見えなくもない。だから見る側からすると気のせいではないかと勘違い説も浮上する。どちらにしても、もの凄いことが起こっているわけではなく、また誰もその影響を受けない。ただの好奇心。何か久保田の身に起こり、それが影響しているのではないかと。
 そういった微妙なこと、一寸した仕草は態度の違いなどの方が大事件よりも興味深ったりする。当然どちらでもよいことなので、気にする必要はない。
「どこがどう変わったのかね」
「はあ、雰囲気が」
「弱いねえ、それだけでは。それに何か影響が出てるの」
「別に」
「じゃ、そんな細かいことなど、いちいち私に話さなくてもいいよ。君の方が変なんじゃない」
「いえいえ、変なのは久保田君です」
「では、どう変なのか、言ってみなさい」
「これ、というようなことはないのです」
「だから弱い。まあ、そんな些細事で時間を潰すのも何だ。君は余程暇なんだな。私まで巻き込まないでくれ」
「しかし、何となく様子がおかしくて、変なのです。はっきりとしたものはないのですが、何かありそうな」
「はいはい、分かりました。君は神経を使いすぎる。疲れるだろ」
「はい、多少は。でも好きですので」
「そんな人の噂など、流すもんじゃない」
「はい、気をつけます」
 この人が部長に久保田の話をしたことが噂になった。そして久保田は最近変だと。
 すると、久保田を見る目が全員変わってきた。そういうふうに見えてしまうのだ。普段と同じようにドアを開けても、廊下を歩いていても、仕事をしていても、何となく様子がおかしい、となる。
 しかし、人の好奇心は長くは続かない。それに、大したネタではないし、大きな刺激もない。
 そのうち、久保田の様子が最近変だという噂は流れなくなり、もうそのネタは終わった。
 それからしばらくして、またあの人が部長へ報告に来た。業務上の報告なのだが、そのついでに久保田のことをまた話した。
「完全に別人です。もうあれは久保田ではありません」
 部長は、きょとんとした。もう誰も久保田の噂などしていない。
「もう別人格です。表情がありません。以前から顔に出さないやつでしたが、最近はまったく表情がありません」
「まあ、そういう時期もあるだろう。いちいちそんなことを言いに来るな」
「でも態度も変わりましたし」
「気のせいだ」
 その後、どうしたことか、その人の姿が消えた。問題有りとされたのだ。久保田ではなく、その人が。
 そして、しばらくするうち、他の人達も表情が徐々に消えだした。あの部長までが無表情になっている。
 久保田は笑みを浮かべた。
 
   了
 

 


2020年7月7日

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