小説 川崎サイト

 

大岩様


 領主がコロコロと変わる戦国時代。しかし、その村に住んでいる村人はほとんど変わらなかったりする。
 今回の領主は初めて城持ちとなった新鋭の大名。当然、その領主、その城主にも主君がいる。そうでないと、そこまで出世できない。手柄を立てたため、万石を越える領地を頂けたのだ。
 これまでの因習を取り払い、タブー、聖域とされていたものに踏み込む、この勢力は、今でいえば合理的、機能的だった。
 その影響を城主も受け、村々の統治、差配にも、それを活かした。
 城主の側近の若侍が、とある村の担当となる。若手のバリバリで、勢いがある。
「今度の領主はいい人じゃなあ。年貢も安くなったし、新田の開発や、溜池や、治水に積極的、今までの領主は年貢を絞るだけ。いい領主が来て幸いじゃ」
 等々力村は、それで喜んだ。近くの村も似たような歓迎振りだった。
 さて、その担当の若侍、気負いすぎてか、やや態度がきつい。少し冷たいところがあるが、やっていることは好ましいので、揉めるようなことはなかった。
 ところが、あることで、一寸した意見の違いのようなのが出た。そういうのはどこにでもあることで、小さな問題。
 それは大岩様の問題。
 これは大きな岩だ。様付けにしているのは、神に近いためだろう。非常に長い人の顔に見える岩で、自然にできたもの。イースター島のモアイを想像すればいい。
 この大岩様にかかるお金が多すぎる。よくあるような供え物ならいいのだが、結構高価なものがいる。これは村ができてから執り行われている行事なので、誰も問題にはしなかった。また、寺社とはまったく関係がなく、その分、余計なことをしているように若侍は見た。だが大岩様信仰は特に問題になるような行事でもなく、平和なものだ。しかし、こういう因習がいけないと考えたのだ。
 祭りを中止したり、放置すると、大岩様が動き出すと、老婆が言い出した。この村に根付いている巫女というより、寄生して暮らしている老婆だ。その家系があり、大岩様の番のような仕事で、生計を立てている。
 だから、大岩様がなくなると困る。だが、そんな大きな岩を壊すことは難しいし、そこまで若侍は考えていない。放置でいい。そして、無駄な村財を使わないようにしてくれればいいと。
「邪険にすると大岩様がお怒りになる。この等々力村どころか近在の村々まで破壊しよるぞ。お祭りさえしておれば、ここも近在も平和なまま」
 老婆は、必死で抵抗した。
「バチが当たるぞ。昔からの言い伝えじゃ、これほど確かなことはない。お侍様のお城まで壊れるぞ。それでもいいか」
 老婆はかなり脅したが、若侍には通じない。また同席していた村人も、黙っているだけで、老婆の援護はしなかった。
 城に戻った若侍は、殿様に大岩様の話を笑い話のように報告した。
 それを聞いていた家老が、いやな顔をした。
「どうした爺」
「その大岩様とやら、実は噂に聞く大魔神でござりましょう。放置すると、この城下まで」
 老婆と同じことを、いいだした。
「触らぬ神に祟りなし。今まで通り、お参りを続けさせたほうが賢明でしょう」
「そうなのか、爺」
 それで、大岩様は難なきを得た。一番胸を下ろしたのは老婆だろう。
 その老婆、大岩様を見上げながら、深々と頭を垂れた。そして、一寸お顔を見上げたとき、微笑んでいるようにも見えた。
 錯覚だろう。
 
   了

 


 


2020年7月11日

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