小説 川崎サイト

 

金太郎飴


「金太郎飴」
「そうです。この路地の奥にあると聞いたのですが」
「金太郎飴。確かにそんな駄菓子がありましたなあ。長飴でしょ。細い笛のような。食べるときに切るのじゃが、その断面に金太郎の顔が画かれていて、切っても切っても顔が出てくる。斜めに切ると歪んだ顔になって可笑しかったです。ありましたなあ、そういうの」
「それです。それを売っている店があると聞いて」
「あなた、いま何時代ですか。今どき金太郎飴を売っているような店などないでしょ。それがモーダンな駄菓子屋なら別ですが、この町内で、子供相手にやっている店に、もうそんなものはありませんよ。確かにこの奥に駄菓子屋はありましたがね。どこの町内にもあったので、ここにあっても当然。しかし、とっくの昔に潰れましたよ」
「はあ」
「それに金太郎飴を今も誰かが作っているとしても、それを売る店は、この町内にはありません」
「やはり噂だけの話だったのですね」
「常識的に考えなさい。それに常識があるのなら、こんな古びた何もない町内まで来て金太郎飴など買う発想は出ないと思いますよ。その考えがおかしい。考えるだけならいいですが、足を伸ばして、ここまで来た。あなた、おかしいじゃないですか」
「金太郎飴は夢の中で何度か出てくるのです」
「あなた、食べたことは、いや、なめたことは」
「ありません。千歳飴ならありますが」
「じゃ、どうして金太郎飴なんです」
「分かりません。何処かで何かで見たのだと思います」
「でも、どうして、この町内にあると」
「聞いたからです」
「何処で、そして誰から」
「それがはっきりとしないのです。何処で誰から聞いたのかが曖昧で」
「あなた、そんな頼りない情報とも言えないような情報だけで、ここまで来られたのですか」
「はい」
「その決断はどうしてできたのですか。私なんて出不精で、用事があっても滅多に出ない」
「決断などしていません。自然と足が向いたのです」
「あなた、お住まいは」
「新崎町です」
「聞いたことがない」
「神明町の隣です」
「神明町は知ってますが、遠いですよ」
「はい」
「まあ、この奥にはもう駄菓子屋もないし、金太郎飴も売ってません。残念ですがね」
 そこへ、もう一人、似たような男が現れた。
「この路地の奥に金太郎薬局があると聞いたのですが」
 金太郎青年は仲間を得た。
「金太郎薬局ですかな。残念ながら、この路地の奥には薬局はありません。表通りにならありますが、金太郎薬局ではありません」
「金太郎薬局で金太郎飴を売っていると聞いたのですが」
 金太郎飴青年は我が意を得た。話の分かるもう一人の青年が現れたためだ。
「このような時代に、そのようなものが、あろうはずはなかろう」
「でも、噂で」
「このような場所に、あろうはずがない」
 金太郎飴青年は、ポケットからオペラグラスを取り出し、路地の奥を覗いた。
「それは何倍」
「十倍」
「じゃ、肉眼と変わらないでしょ」
「目が悪いので」
「あ、そう」
「見えます」
「何が」
「金太郎飴が」
「どれどれ」
 金太郎薬局青年も覗きこんだ。
「ピントが合わない」
「その真ん中のゴマを回せば」
「よし」
「どう」
「看板が見える」
 肉眼で見ても、そういうものが見えるが、文字までは分からなかった。
「金太郎薬局と読める。看板文字の横に金太郎やおかめの顔が画かれている。間違いない」
「駄菓子屋ではなく、薬局だったのですね」
「のど飴だと聞いた」
「咳声喉に」
「浅田飴」
 二人は、路地の奥へと突っ込んだ。
 先ほど長話をしていた永六輔のような老人は、それを見ている。
「止め切れなんだようじゃ。また犠牲者が出る」
 老人は家に戻り、灯明を灯し、線香を焚いた。
 
   了

 


2020年7月12日

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