小説 川崎サイト

 

形見の品


 後藤田町は今は芝垣三丁目になった。そのため後藤田町というのはもうない。以前は田んぼだったところだが、それは江戸時代。だから最近できたような田んぼが住宅地になった景観とは少し違う。
 後藤という人の田んぼがあったところで、かなり大きな地所だ。そんなものは一人で耕せないので、当然小作人を多く抱えていた。小さな村だが半分ほどは後藤さんの土地。
 芝垣三丁目になったが、この芝垣というのは古い地名ではなく、鉄道の駅ができた場所が芝垣だったので、その辺り一帯を芝垣とした。小さな荘園があったのだろう。芝垣という名で残っているが、土地の人には馴染みのない地名だ。
 一番この辺りで根付いていたのが藤原家と関係する後藤田だが、その名は芝垣三丁目の児童公園と、バス停にその名が残っているだけ。
 後藤さんはその後、没落し、その末裔が今も住んでいるのだが、誰ももう後藤家とは関係しないので興味さえない。
 縄文時代に住んでいた人達と、繋がりがあるようなもの。あったとしても遠すぎて、もう分からない。
 縄文時代に借りたものを、いま返せと言っても、返せないだろう。それ以前にそんなことを今頃請求する人もいない。
 後藤家はそれで、忘れられた家となったのだが、ゆかりの人がまだいる。後藤家の妾の子の系譜で、いい時代の当主の子。
 そのお妾さんの実家の名を、その子は引き継いでいる。名は青沼。何処かで聞いたことのある名字だ。
 妾の末裔が、芝垣三丁目となった旧後藤田の町へやってきた。
 遺産相続に関してだ。
 没落したとはいえ、後藤の分家の分家のような家が後藤本家の位牌などを持っている。
 後藤家の墓も残っており、日露戦争で戦死したこの村出身の陸軍大尉のものに次ぐ大きさだ。しかも古いのが何墓もある。もっと古い先祖代々だろう。
 それらの墓所は寺が引き受けている。後藤家に恩のある寺のため。この寺も後藤家が建てたようなもの。だから義理があるので、墓の管理はしている。
「長く気にしていたのですがね。後藤家には遺産があるのです。私がそれを相続したことになっていますが、正式なものではありません。申告する必要もないような形見類なので」
「はい」青沼は青い顔で頷いた。
「息子に譲ってもいいのですが、いらないという。それで、縁のある人を探した結果、青沼さん、あなたを見付け出したのです」
「はい」
「受け取っていただけますか」
「僕で良ければ」
「あなたしか、もういません」
「しかし、遠すぎるでしょ、血が」
「私だってそうですよ。血なんて繋がっているのかどうか分からないほど薄い分家の分家」
「あ、はい」
「むしろあなたの方が血が濃い」
「そうなんですか、僕も後藤という人と繋がっていると聞いたのは最近です」
「いや、あなたのご先祖は、後藤家から追い出されたと聞きます。生まれて間もない子と一緒に。だから、後藤家に恨みがあるはず」
「そんな、昔のことなど実感はありません」
「そのお詫びです。後藤家を代表して、お受け取り下さい」
 後藤家の末裔は、布に巻かれたものを青沼に手渡した。小さなもので、手の平に乗る程度。
 青沼はそれを受け取り、持ち帰った。
 この形見、今も青沼は持っている。ただし、箪笥の引き出しに入れたまま。
 戻る車内で、開けてみたのだが、つまらないものだったようだ。
 
   了

 



2020年7月16日

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