小説 川崎サイト

 

寝言衆


 白根城には根来衆がいる。伊賀や甲賀と同じ忍びの者達。しかし、ほとんどは信長に滅ぼされた。
 根来衆は戦国生き残りで、江戸時代になれば、いくさはなくなり、あまり活躍できなかったのだが、大名が密かに抱えていた。
 白根城の奥まった中庭に、常に控えている。お庭番といってもいい。しかし、城の中にまで敵が忍び込むことは先ずない。
 戦国生き残りの老忍がいる。既に役に立たないが、役立つ場面もない。殿様相手に昔の話をする程度。この殿様、藩主だが生まれたときは既に徳川の世なので、いくさは知らない。
 根来衆とは別に、この奥庭には寝言衆がいる。お伽衆とも呼ばれているが、これは密かにではなく、茶坊主のようなもの。ただ、頭は剃っていない。普通の武家の服装だ。
 お伽衆の中には零落した名家や、名のある武将もいる。
 寝言衆とはそのままの役で、寝言を言う役目。しかし藩主の前で寝て、寝言を言うような無礼なことはできないので、普通に話す。その内容が寝言に近いので、寝言衆と呼ばれている。実際にあった話ではなく、嘘話。または、言ってはならないことを言ったりする。好き放題に言えるのが、この寝言衆の特権。
 殿様には耳の痛い話も多いが、寝言だと思えば聞いてられる。また、殿様も寝言衆と合うのは決め事で、武芸を習うのと同じようなもの。義務づけられている。
 その日の寝言は政への忠言ではなく、ただの寝言。殿様も眠くなってきた。その日は、根来衆の老忍も同席しており、一緒にうたた寝を始めた。
 余程眠い話だったようで、話の筋が分からない。断片的描写が多く、擬音がやたらと多い。
 まさか、本当に寝ているのではないかと思うほど、リアルな寝言だった。
 殿様も老忍も、釣られるように欠伸を始め、眠りだした。
 実はこの寝言衆、本当に眠ってしまい、本当に寝言を言っていたのだ。大した芸だ。
 そして、目を覚ますと、殿様と浪人が何やら話している。しかし、会話が噛み合っていない。
 二人とも目を閉じている。
 寝言衆が、寝言を聞く。滅多にない話だ。
 
   了
 


2020年7月22日

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