菊田は毎朝自転車で散歩している。雨の日も風の日も、台風の日もだ。
歩く方が良いのかもしれないが、自転車を好んだ。座ったまま移動できるためだ。
運動が目的ではなく、体調を測るためだ。
いつもの坂に差しかかった。
ここでペダルが急に重くなる。当然毎朝のことなので、近付く前から予測している。
だが、今朝の重さは尋常ではない。
「どうかしたのか」
体調の異変を疑った。
確かに重い日はある。それは平地でも同じで、前に進むのが辛い。それが顕著に出るのが坂道で、平地では気付かない重さがはっきり感知できる。
「体が重い」
菊田は健康面を考えた。思い当たることを探した。
寝起き、異状はなかった。まだ朝食前なので、食欲のあるなしは分からないが、通じはいつも通りだった。
少し坂を走るだけで、汗ばんできた。こんなことは滅多にない。あってもそれは最初から具合の悪い日だ。
今朝はノーマルだった。
ここにきて、この重さ、この苦しさは何だろう。
「憑いたか」
菊田の答えはそれしかなかった。
体のどこにも痛みはない。吐き気やむかつきもない。ただただ足が重く、そのため呼吸が荒くなっているだけ。
それだけなら体調に異状はないことになる。誰でも全速で駆ければ苦しくなるだろう。これを病気とは呼ばない。しばらくすれば戻るからだ。
菊田が感じた重さは、二人乗りで坂道を走る重さと類似していた。又は、誰かが自転車を走らせまいと後ろから引っ張っているかだ。
その場合、菊田の力のほうが勝っていることになる。引きが弱いのだ。
「憑いている」
菊田はもう一度声に出して言う。
それは「知ってるぞ」と、憑物に知らせるためだ。
「犯人は分かってるんだ」
菊田は頭から汗が流れ落ちるのを感じた。瞼にかかり、目に染みる。
坂道は終わらない。ほんの数メートルの上り坂なのだ。もう上り切っているはずだ。
菊田は汗で霞む目で前を見る。
さっきと同じ風景だ。全く進んでいないのだ。
「来たなあ」
何が来たのかは定かではない。
菊田は自転車の故障に期待をかけた。
了
2007年8月18日
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