小説 川崎サイト

 

薬師堂の庄助


 山里に薬師堂がある。山にある村だが、麓。そのため平野部は近く、決して山深くはない。山脈が切れるところに街道が走っており、その山里からもよく見える。だからそれなりに人通りがある。
 その薬師堂は個人が建てたお堂。小さな薬師如来像を祭っている。流れ流れて、この里に来たのだろう。売り物ではなく、有徳人から有徳人へと。
 霊験がありそうな如来様だけに、下手に扱えない。
 山里とはいえ裕福な農家がある。米だけでは建たないような屋敷。色々とやっているのだろう。最終的には、その豪農の手に渡った。宝物を得たということではなく、お堂を建ててくれそうな金持ちのためだ。
 このお堂、地元の寺とは関係しない。いくら豪農でも寺までは建てらないし、それにだぶってしまうので、手頃なお堂を建てた。その程度ならわけなく建てることができた。薬師如来の入れ物としてふさわしい程度の。
 薬師堂は麓の里から少しだけ上に登ったところにある。里からも屋根瓦程度は見える。
「薬師堂はこの先か」
 一人の武士が、村人に聞く。
 村人は指差す。見えているので。
「庄助はそこか」
「はい」
 庄助とは堂守で、まあ、マンションの雇われ管理人のようなもの。薬師堂のそばに番小屋があり、そこで寝泊まりしている。
 武士は山道を上がり、お堂には目もくれず、番小屋を叩いた。
「庄助か」
「いえ」
「庄助だな」
「ああ、はい」
「木村又三郎様を襲ったのは誰じゃ」
 この庄助、木村又三郎の下僕。主が刺客に襲われたとき、逃げている。
 刺客が誰なのかは分からないまま。
 裏で操っている黒幕が知りたい。それで、逃げたとはいえ、そのときの様子を知っている庄助を探し出し、やっと見付けた。
 堂守は村の者ではなく、余所者を雇っている。そのほうが都合がいいためだろう。
 豪農がこの流れ者の庄助を雇ったのは、小作人として使うため。しかし百姓の経験がない。そのかわり武芸が多少はできる。だから、番人にはちょうどだった。
「刺客の顔は覚えておるか」
「はい」
「誰だ」
「島田様かと思われます」
「島田の息子か」
「はい、まだ部屋住みの」
「どうして、逃げ出した」
「私が出ていけば、島田様のご子息を斬ってしまいます。そのほうが大事では」
 武士は、一寸黙った。
 襲われたが、庄助の主人は屋敷内を逃げ回り、刺客の目を眩ませた。この主人、子供の頃からここにいるので、鬼ごっで逃げ回っていた経験があるので、屋敷内の抜け道などをよく知っていた。
 武士は刺客が島田の息子だと知ったとき、もう用を果たした。
 島田の裏にいる人物が分かったからだ。それは知ってはいけないことで、知らなかった方がいい。庄助が逃げたのもそのためだろう。
 別れ際、武士は庄助に戻ってくる気がないかと聞いた。
 庄助の主人木村又三郎も庄助の帰りを待っていると。
 しかし、庄助は面倒なことに巻き込まれるのがいやなので、断った。
 庄助はその後も薬師堂の堂守を続け、番小屋近くに畑を作り、薬草などを育てている。
 薬師堂なので、薬がいいだろうということだ。
 
   了



2020年7月31日

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