小説 川崎サイト

 

天下のこと


「今日は暑いのう。いつも雨なのに、朝から陽射しがある。空気が変わったのかな」
「梅雨が明けたとみられます」
「みられますか」
「はい、しかとは断定できませんが、おそらく」
「今年の梅雨明けは遅かった」
「いや、みられるだけで、明けたとは申しておりません。そのように見受けられる程度」
「しかし、明けたのだろ。陽射しが強い」
「梅雨の最中でも晴れておれば陽射しは強いものです」
「あ、そう」
「しかし、明けたとみていいでしょ。時期的には遅すぎるほどなので、また雨が続く梅雨に戻るとは考えられません」
「ならば推定ではなく、確定か」
「言い切れません。世の中、何が起こるか分かりませぬ」
「梅雨の原因は柴田だろ」
「そうです」
「その柴田が大人しくなった」
「そう見受けられます。ですので、もう雨は降らないかと」
「柴田が引っ込めば、今度は高坂がのさばるはず」
「おそらく」
「わしは柴田の方がいい。高坂よりもましじゃ」
「しかし天下は持ち回り、順番では高坂でしょう」
「まあいい、どうせ天下は変わる。柴田も頑張ったが、時期が来れば後退。高坂も同じ。僅かな期間じゃ」
「殿はどうなされます。天下を狙うおつもりは」
「この狭い領内、ここだけが天下ではなかろう」
「そうですが、ここが我らの天上天下」
「わしが天下を取っても柴田や高坂と同じで、すぐに交代じゃ」
「まあ、そういわずに、一度は天下をお取りになるのがよろしいかと、あとで役立ちます」
「長居は駄目か」
「増田さんがその例です。長く居続けた。引き際が悪かった。ずっといたかったんでしょうねえ。それで結局は乱になり、増田家そのものが滅んだ」
「知っておる、京和の乱」
「さっと天下を取り、さっと手放す。これです」
「それなら、最初からいらぬは」
「それもまた賢明かと、ご随意に」
「じゃ、わしの勝手で、天下はいらん」
「誰でも取れるものではありません。殿は取れる家柄。だから取られた方がよろしいのですがね」
「そんな面倒なものはいらん」
「確かに重荷」
「去りゆく柴田を見ていると、あとが哀れじゃ」
「ご尤も」
「その方はどっちじゃ。取った方がいいのか、取らない方がいいのか」
「さあ、どちらでも」
「はっきりせん奴だ」
「そのようにみられます」
 
   了



2020年8月2日

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