小説 川崎サイト

 

妖怪お陰様


「今日のように暑い日でした。私は医者通いで出ないといけない。それも最近は毎日。暑い日は医者もすいてます。だから順番待ちも短く済む。暑い日は精鋭部隊しか来ません」
「はい」
「陽射しがきついので、日影を歩きます。それで最近覚えた近道に入り込みました。ここは道が狭く、建物は低いのですが、日影が多い。ゴチャゴチャとした場所ですが、歩きやすい。車が入れないような路地が多いですからね」
「はい」
「それでも昼は陽は真上からなので、なかなか日影はできません。身体一つだけ隠せる程度の日影だったりします。もう横の建物や塀に肩を擦りそうなほどの。そして近道なのですが、日影優先で、少し遠回りになっても、そこに入り込みました」
「はい」
「そして見付けたのです。大きな日影のある道を。道は狭いですよ。しかし道全体が日影。今考えれば、それはあり得ない。そのときは屋根でもあるんじゃないかと思ったのです。商店街のようなアーケードとか」
「はい」
「潰れた小さなマーケットもありました。だから商店街が残っていてもおかしくない。ただ、普通の店屋さえないようなところなので、それは無理かもしれませんが、昔はあったのでしょう」
「はい」
「その真っ黒な道、これです。これが」
「やっと来ましたなあ」
「お待たせしました。ここからです」
「はい」
「中に入ると夜のように暗い。しかし何も見えないわけじゃありません。上を見ると青空。入道雲の頭も見えています。日影だから暗い。しかし、異常に暗いのです。これは照明の暗さではないような」
「はいはい」
「その通りといいますか、狭いので、路地でしょう。そこだけが暗い。そして交差している道を覗くと、最初は暗いが、その先は明るい。ところが、最初から暗い道は奥まで暗い」
「はい」
「暗いが、見えている。不思議でしょ」
「それで、どうなりましたかな。まあ、あなたがここにおられるので、無事だったことは分かりますが」
「仰る通り、無事でした。暗いながらも通過しました。トンネルのように出口の明かりが見えたときは安堵しましたがね。しかし、何処に出るのかは分かりませんでしたが」
「しかし、戻ってこられた」
「はい、お陰様で。それで出たところは見覚えのある大きな通りです。バス道です。そして振り返るとあの暗い道はありましたが、もう暗くないのです」
「はい」
「やはり近道だったので、医者へは早い目に着きました。そして暑いので、人が少ない。昨日と同じ精鋭部隊だけが来てました」
「はい」
「これで、終わりです」
「はあ」
「ああ、残っていました。この話を是非妖怪博士に聞いてもらって、あれは何だったのかという解説を」
「闇の道ですな。別名お陰様」
 即答だ。
「妖怪変化の仕業でしょうか」
「日影を作る妖怪でしてな。ありがたい妖怪なので、感謝しないと。それであなた日陰の涼しい道を通れたのでしょ」
「日陰も涼しかったですが、おかしな場所なので、肝がひんやりしました」
「どちらにして暑くなかった」
「はい、お陰様で」
「その妖怪は日影を作るのが上手いようです。ただ、やり過ぎて、真っ黒けの道にしてしまいます」
「夜のようでした」
「やり過ぎでしょうなあ」
「そうです。懐中電灯を今度は持っていきます。足元がよく見えないので、何度か躓きました」
「妖怪闇の道に照明をあてても明るくなりません。そのタイプの暗さではないので」
「はい、分かりました。今度見付けたら」
「そう何度もないと思いますよ」
「そうですか」
「まあ、躓かないように心がけるしかありません。被害はその程度で済む妖怪なので、それよりも日影の恩恵の方が大きいでしょ」
「はい、仰る通りです」
「まさにお陰様ですなあ」
 
   了

 

  


2020年8月10日

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