小説 川崎サイト

 

金田町から来た男


 大した暑さではないのだが、真夏の炎天下は流石に暑い。宇和島は気にしないで歩いていたのだが、汗ばんできた。あたりまえの話なのだが、油断していた。ただ、こういうことに油断も何もない。当然のことが当然のように起こっているだけ。
 しかし宇和島にすれば、今日の暑さはいつもよりましだという感覚がある。だが暑さにかわりはなく、ましであってもやはり暑い。
 汗ばみ、そして息が切れだした。肩で息をしている。かなり暑い炎天下でも滅多にないこと。そしてましな日なら、息まで荒れないだろう。何か病でも背負っているのかもしれない。そういえば昨夜から腹具合が悪い。冷たいものばかり食べ、さらに寝冷えしたのかもしれない。しかし、それもよくあることで、気にしていなかった。
 実は内からの暑さなのだ。ということは熱があることになるが、そうではない。考え事で頭が一杯だった。ただ、暑さに気付かないほど夢中なっていたわけではない。気になることがあり、それがずっと頭の中を占めている。ただ、これは大事なことではなく、つまらない内容なのだが、それが気になる。
 たとえば連続ドラマを見ていて、いいところで終わり、そのあとどうなるのか、などを考えているようなもの。別にそれがどんな展開になり、結果に終わろうと、世の中に影響を与えないし、宇和島の生活にも関係しないだろう。その程度の考え事。だから呑気な話。
 そして目的地にいつの間にか着いていた。いつもより汗ばみ、息も弾み、肩で息をしているが、炎天下での移動中、あまり気にならなかった。
 宇和島は息を整えるため、屋内のベンチに腰掛ける。汗は冷房のおかげですぐに引いた。呼吸も鎮まり、肩も動かなくなった。いい感じだ。これが戻らなければ大変だ。
 同じような人が入って来て、宇和島の横に座るが、間一つの空間がある。
「暑いですなあ」
「そうですねえ」
 お決まりの挨拶。
「歩いて?」
「いえ、車ですが、駐車場からここまでが遠い」
「僕は歩いてです」
「何処から」
「金田町から」
 相手は少し黙った。いや、考え事をしているのだろうか。
「金田町」
「はい」
 相手は、そのまますっと立ち上がり、店舗のある場所へ向かった。買い物だろう。
 金田町。特別な町ではないし、歩いて往復できるほど近い。金田町でベンチから立ち上がる必要はない。
 金田町は新興住宅地で、歴史も何もない。ベッドタウンだ。
 宇和島はいろいろと考えたが、理由が分からない。
 そして、今も、そのまま謎のまま。
 
   了
 

 

 


2020年8月13日

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