小説 川崎サイト

 

御用人


「あなたは地の人ではないと」
「はい、余所者です」
「しかし、立派な茶店ではないか」
 店も広いが、母屋も大きい。田舎道の茶店にしては規模が大きい。
「この村では商売人は別です。地の人はなるのを嫌います。それに、他の村人の目もありますのでね。下手な真似はできません」
「土地の者に聞けと言われたのですが」
「それなら、この先に百姓家が集まっているところがあります。全部土地の者です」
「そうなんですが、先ほども聞いたのですが、答えてくれません」
「何をお訊ねで」
「上田松園さんです」
「ああ、松園さんねえ。知ってますよ」
「それは有り難い。この村にいるのですね」
「ずっといますよ。この村のヌシですから」
「でも、どうして村人は上田松園さんのことを話してくれないのでしょうか」
「さあ、禁句でしょ。口に出してはいけない名前」
「どんな人ですか」
「普通の人ですよ」
「ヌシとは」
「このあたりを仕切っている人です」
「そういう人だったのですか」
「知らなかったのですか」
「はい。私は薬草を求めに来ただけで」
「じゃ、松園さんの本業だ」
「何処にお住まいで」
「山入りにいますよ」
「山入りとは」
「山の入口で、何戸か家もあります。山仕事の人がいます」
「松園さんはそこですね」
「そうです」
「あのう」
「何でしょう」
「団子を下さい」
「ああ、はいはい」
「お茶もまだ」
「ああ、お客さんでしたなあ」
「そうです」
 この客は百姓でも町人でもなく、武家のようだが、刀は差していない。どちらかというと医者か俳人に見える。
「先ほど仕切っていると言われましたが」
「はいはい。この一帯を仕切っています」
「どうしてでしょう」
「財があります」
「それだけですか」
「しかし、村人からは尊敬されていません。商売人が嫌いなんでしょうなあ」
「しかし、実質上田松園さんが仕切っていると」
「村の長とは格が違いますからね。松園さんの規模は大きい」
「松園さんも余所者ですか」
「いや、地の人です」
「薬草は、そんなに儲かるのですか」
「大したことはないでしょ」
 武家風の客は団子を一気に食べ。お茶を飲んだ。
「美味しいですね。この団子」
「草餅ですが、草が違う。これは松園さんから分けてもらったものです。何処にでもある草なんですが、少し違う」
「はい、有り難うございました」
 武家にしては腰が低い。
 山入りというところは、村人に聞くとすぐに教えてくれたが、あまりいい顔はしなかった。
 山入り集落の中の数戸の中で、目立って大きな藁葺き屋根がある。三階ほどあるのではないかと思えるが、薬草を乾燥させる階だろう。
 上田松園は枯れ藁のような髪の毛で、まるで納豆。かなりの年寄りだが、愛想がいい。
 武家風の客は商談に入る。
 松園は承知した。
 客はかなりの金額を支払った。
 用事が終わったので、帰ろうとすると、松園は体にいい薬草を配合したという薬束をくれた。
 それを、背負い袋に入れようとしたとき。
「先ほどの品と間違わぬようにな」
 と、念を押された。
 この武家風の客、元は商人だが、今は武士になっている。といってもやっていることは商売人。さる家中の重臣の用人。
 この家中、その後、一寸した騒ぎになる。
 毒殺は未遂で終わった。薬草を間違えたのだろう。
 間違えて飲んだ御用人さんも何ともなかったようだ。
 
   了

 

 

 


2020年8月14日

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