小説 川崎サイト

 

夏の夏休み


 年中夏休みをしているような高岡だが、特に夏の夏休み、これは夏と断る必要はないが、冬の夏休みも高岡にはある。実際にはそんなものはないのだが、全てが夏休みの延長。長い目の休みを高岡は夏休みと呼んでいる。だから冬休みではなく、夏休みとなる。
 休みの中で休む。休みの中でも特に深いのが夏休み。年中休みの中での夏の夏休みは高岡にとっては一番深い。まるで深い眠りに入り込んでいるようなもの。そのため世間は井戸の底から見える程度の狭さとなる。空しか見えなかっりする。しかもほんの一部の。だが風があり、雲は流れるので、同じ雲ばかりを見ているわけではない。また天気も変わり空の色も変わる。狭いところからでも世間は結構見えるのだ。
 深い夏休みの底にいるのだが、送り火の頃、少し目を覚ます。夏が終わろうとしている頃なので、そろそろかと思うのだが、夏休みが終わっても年中夏休みのようなものなので、まだまだ休みは続くが、それは普通の休み。夏の夏休みほどには深くはない。
 その深い夏休み、高岡は何を見ているのか。これは深すぎて濃くて暗くて、実はあまり見ていない。夏の闇が拡がっている。真っ暗闇ではないが薄暗い。
 深海魚が深い海の底でじっとしているようなもの。これはただ単に暑いので部屋の中で息を潜めている程度。しかし息は荒い。汗をかく。暑いので。ただ犬のように口を開け、舌まで出さないが。
 送り火の頃、近所で送り火を焚いている。弱い花火のようなもので、それをやる家族は普通の花火もやっていた。それがこの日は送り火で、花火ではない。だから光は鈍いし音はしないしチカチカもしない。
 まだ送り火をやっている家があり、それが高岡の部屋の窓から見える。迎え火もやっていたはずだが、それは見落とした。そういうのを見ようとじっと待機しているわけではないので。
 送り火はその家族の声で分かった。お盆で帰って来たのか遊びに来たのか、小さな子供もいる。
 この送り火があると、夏が終わったとなる。つまり夏の終わりを宣言するのが送り火。
 明日からは秋ということ。だから、暑くても、これは秋。夏ではない。また夏の暑さでも、秋なので、そんなに暑くはないと言い切る。
 この送り火で、高岡の夏休みはそろそろ終わりに近付くのだが、終わってもまだ普通の休みが続いている。
 
   了

 


2020年8月20日

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