小説 川崎サイト

 

空き城


 大熊城というのは不思議な城で、城主が誰なのかが分からない。行く度に城主が違うようだが、別に城主に用があって行くわけではなく、休憩や買い物や、場合によっては宿泊で使う。
 要するに大熊城は空き城。使わなくなり、放置したまま。そのため、空き家に人が勝手に入り込み、住んでいるようなもの。
 大熊城は内山家の城で、最後に立て篭もれるように建てられた山城。そして兵を詰めておく城。戦略上の城で、内山家の居城ではない。この内山家は隣接する立花家と争っていたのだが、和解し、同盟し、さらに姻戚関係になったので、もう敵ではなくなった。
 大熊城は対立花戦に備えての城なのだが、その役目を果たした。だからもういらない。まだ大熊城を使っているとなると、立花家は不審に思うだろう。ただ、堅牢な城で、かなり人手も手間も資材もかかったので、壊すのは惜しいので、そのままにしていた。
 その内山家と立花家も、滅んでしまった。大きな勢力に飲まれたのだ。その恐れがあったので、同盟したのだが、その効果はなかった。
 大熊城はそのまま放置され、誰の城なのかがもう分からなくなった。大きな勢力がその辺り一帯の小勢力である内山領、立花領、その他を勢力下に入れたのだが、大熊城には興味はなかったようだ。戦略的に意味のない場所にあるためだろう。
 その大熊城に人が棲み着いた。その中には立派な武将もいるが、浪人だ。主家を失ったとか、その類いの武将や山賊もいた。ここに逃げ込めば安全なため。
 内山家が最後に立て籠もる予定だった城だけに、内山家当主が暮らせるような設備があった。山城とはいえそれなりに広い。城門は鉄板が貼られ、石垣は高い。堀はないが、城門前は狭く、そこに立っただけで命を失うだろう。こんな城はどんな武将も力攻めしたくない。
 山城なので、城までは坂。そこに土塁などがあるが、実際には一度も使われていない。そんな溝のようなところで守っていても、すぐに越されるだろう。ただ、内山家と立花家が争っていた頃は見張りがいた。
 盗賊の逃げ場所、巣窟に近いのだが、城内の治安はよかった。浪人とはいえ、元を正せば筋目のいい立派な武将だった人が何人かいるためだろう。僧侶もいる。
 街道筋からは少し離れているが、立ち寄る行商人も多く、また旅人もいる。城内に市が立つので、近在の人が買い物にも来ていた。
 千近くの兵を入れることができたが、さらに建物を増やし、宿屋や遊郭まであった。
 複数の山賊や盗賊紛いの集団が常に出入りしている。
 大熊城の山の下に村がある。その村との関係はいい。そうでないと野菜や米に困る。いずれも買い上げている。ただ、それだけでは足りないので、売りに来る商人もいる。
 大熊村というのも不思議な村で、何処にも所属していない。内山領内にあったのだが、内山家に年貢など払っていない。大熊村は大熊一族の村で、これは名家。内山家に年貢など払う義務はない。だが、大熊一族はただの百姓だ。
 その一帯を占領した大きな勢力も大熊村はそのままにしている。
 その大きな勢力だが、さらに大きな勢力と戦っている。それで兵が足りなくなった。
 大熊城に要請が来る。兵を借りたいと。
 しかし、大熊城の兵といっても、山賊に近いのだ。それに常時いるわけではない。
 それに雇兵として出ても、実入りは少ない。それで、断った。
 やがて、天下を統一する武将が現れ、この一帯を支配した。
 流石に江戸時代に入ると、大熊城も取り壊された。これは幕府の方針だ。
 大熊城は消えたが、大熊村は残っている。この一帯は幕府の直轄地となったのだが、大熊村は相変わらず年貢を払っていない。百姓の集団だが、それではまずいので郷士ということにした。
 藩主の家臣にもならず、明治まで行く。
 大熊城跡は今も残っており、桜の名所だ。
 
   了
  


2020年8月23日

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