小説 川崎サイト



長老

川崎ゆきお



「長老はいないのか」
「長老?」
「この村の長老だ」
「誰のことだろう」
「村なら長老がいるだろう」
「ここは村ではない」
「そうなのか」
「だから長老もいない」
「村長は?」
「自治会長のことか」
「自治会?」
「住民の組織だ」
「その自治会長が村長だろ」
「村長ではない」
「じゃ、誰なんだ、その自治会長は」
「一年任期の世話人だ」
「回り持ちか」
「そうだ、うちの親父も自治会長をやっていた年があった」
「村の年寄り連中がいるだろう」
「いるが、お年寄りだ」
「その中に長老がいるだろう」
「そんな呼び方はしない。お年寄りだ」
「では、この村の代表者は誰だ」
「自治会長だ」
「では、この村を仕切っているのは誰だ」
「そんな親分はいない」
「困ったなあ」
「自治会長に会いたいのなら案内するが」
「それは普通の村人だろ」
「そうだ」
「来年は違う人がなっているんだろ」
「そうだ。順番でな」
「祖父が昔この村に来た」
「そうか」
「この村を拠点にした」
「今は宿屋はない」
「長老から仕事を貰った」
「仕事?」
「山で狩りをしたり、配達もした。祖父がまだ若い頃だ」
「今そんな仕事はない。手伝いが必要な人もいないだろう」
「村に入れば長老に挨拶するのが礼儀だろう」
「そんな長老はいないし、会いに来る人もいない」
「ここにあった村は消えたのか」
「村はあるが、もう村ではない」
「旅人に用事はないのか」
「ここは観光地じゃない」
 旅人は話が通じないので立ち去った。
 
   了
 
 



          2007年8月21日
 

 

 

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