小説 川崎サイト

 

目撃者


 石田村の小円さんが人影を見たと聞き、一円は石田村に向かった。一円とは探偵で金田一円。その探偵一円が小円を訪ねる。何かありそうだが、偶然、名が似ているだけ。
 目撃者がいたのだ。現場にもう一人いたことになる。それが小円。彼から様子を聞けば、手掛かりが得られるかもしれない。
 石田村は事件のあった竹沢村のお隣。しかし小山を越えた山村。バスはあるが便が少なく一円は車を持っていないので、徒歩で行った。竹沢村の駐在の自転車を借りようとしたが、坂がきついので無理らしい。駐在はカブを欲しがっていた。バイクだ。今回の事件で手柄を立てれば、カブを配備してくれるかもしれない。それで張り切っていたのだが出番がない。それに一円という探偵が来ているので、彼が解決するだろう。
 石田村に到着した一円はすぐに小円を訪ねた。家はすぐに分かった。
 ところが小円というのはおばさんだった。事件があった時刻は深夜。隣村のおばさんが何故そこにいたのだろう。
「漬物石」
「はい」
「漬物石を貰いに竹沢村へ行ったのですか。それに夜中に」
「寝付けないものでな」
「それより、何故漬物石なのです。そんな石ぐらい、そこら中にあるでしょ」
「いや、竹沢村の喜代さんが使っている漬物石が丁度いい大きさ形で、それよりも、漬物の名人喜代さん愛用の石なのでな。それを貰いに行ったのです」
「じゃ、喜代さんは漬物石がなければ困るでしょ」
「いや、喜代さんは新しい漬物石を見付けて、そちらを今使っておる。だから古いのは譲ってもいいと」
「しかし、重いでしょ。そんな重い石を持って夜中に石田村まで戻るわけですか」
「何の何の。重いほど有り難い」
「その石は使っていますか」
「見ますかな」
「はい」
 炊事場の角に漬物樽があり、その上に乗っている。浮き蓋はかなり沈んでいる。
「置き方がありましてのう。角度がある。正しい座り方があるようにな。それを喜代さんから教えてもらいました。この漬物石は姿勢がいい。しっかりと正座している。その姿がいい」
「はい。ところで、その夜、人影を見たと聞いたのですが」
「喜代さんからですかな」
「いや、現場近くの人が便所の窓から見たらしいのです。それがあなたそっくりだったと」
「現場近くの家、誰じゃろう」
「福田さんです」
「ああ、福田さんなあ」
「何か見られませんでしたか、その夜」
「夜中に喜代さんの家に行っただけで」
「現場の前を通られたのでしょ」
「あ、誰かいましたなあ」
「それを聞きに、来たのです」
「牛島の爺さんが歩いていました」
「夜中にですか」
「あの爺さん、夜に散歩するらしいのです」
「怪しい人影は、その牛島さんだけですか」
「牛島さんは怪しくありませんよ。大人しい爺さんです」
「有り難うございました」
 一円は事件のあった竹沢村へ戻り、すぐに牛島の爺さんを探した。
 爺さんは在宅中だが、寝ていた。昼間は寝ているようだ。
 婆さんに無理に起こしてもらい、当夜のことを聞いた。
「石田村の小円さんを見かけましたよ。何か重そうなものを持って歩いていました」
 それは首ではなく、漬物石だと言うことは分かっている。
「その夜、怪しい人を見かけませんでしたか」
「いや、見なんだが、幽霊を見た」
「それ、もの凄く怪しいですよ」
「死んだはずの村上さんが歩いていました」
「人違いでは」
「いやいや挨拶をしましたよ。お元気ですかと」
「すると」
「元気だといってました」
「亡くなられている方でしょ」
「そうです。元気な人でしたから。わしとは子供の頃からの遊び友達でな」
「よく見られますか」
「村上さんですか」
「そうです」
「だから、久しぶりです。二年前に見かけたきりです」
「まだ、生きておられた頃ですか」
「いや、もう亡くなってから何年も経ちますよ」
「その村上さんが、現場近くを歩いていたのですね」
「でも幽霊ですからのう」
「そうですねえ。幽霊じゃ仕方がない」
「そうでしょ」
「他に怪しいもの、妙なものを見ませんでしたか」
「久保田の狸が走ってました」
「なんですか、それは」
「久保田という裏山の畑に出る貍です。そいつが走ってました」
「はい、分かりました」
 一円はそれらの情報を元に、事件を解決しようとしたが、糸の筋が見えない。操作の仕方が悪かったのだろう。
 その翌日、犯人は駐在所へ自首してきた。
 一円が外堀から埋めていく間に、犯人は怯え、自首したのだ。
 しかし、一円が犯人を見付けたわけではないので、一円にもならなかった。
 
   了
 


2020年8月31日

小説 川崎サイト