小説 川崎サイト



道を聞く

川崎ゆきお



「ちょっと聞きたいのだが、荒神町はこの先かな」
「そうだ」
「この道であっておるのか」
「そうだ」
「目印はないのかな。通り過ぎてしまうかもしれない」
「調べてこなかったのか」
「地図で確認した」
「じゃあ、聞くことはなかろう」
「念のためだ」
「わしは念か」
「こういうのは土地の人間に聞くほうが確かなのでな」
「それはあんたの自由だ」
「知らないことは聞く。これが私の流儀でな。知らないことは恥ずかしいことじゃない。聞けば分かることを知ったかぶりをして迷うこともある。それで、目印はないかな。荒神町の米屋にお得意さんがいてな。近くまで来たので、挨拶でもと……。目印を教えてくれんかな。どこからが荒神町か」
「知らん」
「土地の人だろ」
「そうだ」
「この町の先が荒神町だろ」
「そんな境界線はない」
「だから、荒神町だと分かる目印でいいんだよ。高い木があるとか。分かりやすい建物があるとか。何も米屋の場所を教えてくれと言ってるんじゃない」
「あんた、わしが答えると思ってるな」
「あ、これは失礼した。忙しいのなら、教えてくれなくてもいいんだよ」
「本当に困っていないだろ」
「教えてくれれば有り難く思うよ」
「教えなければ?」
「そりゃ、あなたの自由意志だ。文句は言わない」
「その態度はなんだ」
「態度? 私が何か非礼でも」
「非礼……何だその言い草は」
「私は道を尋ねただけですぞ」
「知ってるくせに」
「知らないから聞いているんですよ」
「念のためだろ」
「石橋をたたいて渡る性分でね」
「そんなことは知らない」
「説明しているんじゃないか。理解を深めるために」
「何で、あんたのことを理解しないといけないんだ」
「あ、そう」
「ここで、もたもたしてる間に、もう着いてるぞ」
「君こそ、答える気がないなら最初からそう言ってくれよ」
「わしが悪いのか」
「もういい、はい、ありがとうございました。ご親切さまでした」
 
   了
 
 
 


          2007年8月22日
 

 

 

小説 川崎サイト