小説 川崎サイト

 

狐狸の木の葉


 庄助村に妖怪が出るというので、妖怪博士は呼ばれてやってきた。どの村にも妖怪が出放題なら、全国津々浦々まで妖怪博士は出向かないといけない。巨大な妖怪市場。儲かって仕方がないだろうが、妖怪博士はただの研究家。調べるだけ。
 しかし庄助村とは何だろう。庄助など百姓によくある名。庄助が拓いた村なのかもしれない。何処の庄助だろう。庄助村の庄助では重なりすぎる。庄助村を拓くまで、この庄助さんは何処の村にいたのだろう。村の百姓ではなかった可能性もあるが。
 そんなことを調べに行くわけではないが、村名が気になる。
 その庄助村だが、辺鄙な場所ではない。田畑も多いが一寸した町。
「先生に来ていただくほどの妖怪が出たわけではありませんが、その欠片のようなものが出ました。それで御足労願ったのですが、期待しないで欲しいのです」
「いえいえ」
 老人のようだがまだ若いようで、お面を作っているようだ。しかも紙粘土の薄いもの。まあ、縁日で売っているようなセルドロものよりも高級程度。少しは厚みがあるし、ニスのようなものを塗っているのか、この塗り具合がいいのか、手触りがいい。ただのお面だが、天狗とか、鬼とか、そういったよくあるもの。
「これは手書きですかな」
「そうです。天狗の眉なんて、結構コツがいるんです。ハネのね。あとは頬あたりを色で立体的に塗ります。手間はかかりますが、まあ、順番通りやれば面倒な作業ではありません」
「これらは売り物ですか」
「ここでは売りませんが、土産物屋で」
「この庄助村に土産物屋があるのですかな」
「いえ、全国津々浦々らしいです。こういったお面の卸元に納めているのです」
「それで食べていけますか」
「難しいですが、まあ、弥勒菩薩が売れたりしますよ。観音さんも。まあ、仏像なんて、似たようなお顔ですからねえ、よく間違えます。それと仁王さんに七福神。般若もあります」
 お面職人は色っぽい顔の面を取りだし「これは般若のお百です」と説明。
「毒婦です」
「そんなものが売れるのですか」
「これは依頼です。受注生産」
「ところで、妖怪ですが、これらの面と関係ありますか」
「ありません」
「はい」
「裏山に出る木の葉です」
「木の葉?」
「葉っぱです。枯れた」
 まだ、紅葉の季節ではないが、枯れる葉もある。
「その葉が何か」
「狐か狸の葉です」
「はあ」
「あの連中は化ける前とか、戻るとき、木の葉が舞うのです」
「それはありますなあ」
「その葉を見たのです」
「はあ」
「きっと狐か狸が何かやろうとした形跡ではないかと」
「大量に舞ったのですかな」
「いえ、一枚です」
「葉が偶然、そのとき枝から落ちたのでは」
「舞ったままでした。舞い続けていました。動力もないのに。それに羽根もないのに。風はほとんどありませんでした。あれは狐狸の痕跡かと」
「だから、妖怪の欠片ということですな」
「そうです」
「まあ、その話はそれぐらいにして」
「いえいえ、それでわざわざお越し頂いたのですから」
「それよりも、出るとすれば、ここのお面でしょ。これだけの枚数があると、危ないでしょ。お面での異変はありませんでしたか」
「ありません」
「あ、そう」
「これらの面の表情が変わるとか、話し出すとか、そういう話がふさわしいのですがな」
「面は面です」
「あ、そう」
「行きましょう」
「ど、何処へ」
「わしが見た木の葉が舞っていた場所へ。きっとあのあたりに化け狐か狸の巣があるに違いありません。妖怪退治です」
 妖怪博士は渋々、裏山を登り、木の葉が舞い踊ったという木立の中に入った。
 そこから庄助村が一望できる。
 お面職人が盛んに説明を続けるが、妖怪博士は村の地形を見ている。庄助さんが、ここを拓いたとすれば大したものだ。それだけの指導力があり、人を集める力があったのだろう。
 後ろを見ると、お面職人がいない。探すと、木立の奥へ入って行くのが見えた。
 妖怪博士が呼び止めると、彼は振り返ったが、顔が違っていた。
 狐の面を付けている。
「狸の方がよかったでしょうかねえ」
 二枚、持ってきたようだ。
 
   了

  

 


2020年9月9日

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