小説 川崎サイト

 

ある安堵


 台風は去ったのだが、箕田の生活は安定しない。生活が天気により、安定するのかどうかは分からない。何らかの因果関係はあるだろうが、普通はない。しかし、生活ではなく、体調の変化はある。天候と体調はかなり関係しており、その影響が出る。低気圧だと、どこも身体が悪くなくても、しんどかったりする。
 台風が来る前のしんどさというのがあり、箕田はそれを感じていたが、去ると少しはましになる。その後、雲が多かったのだが、怖いほどのスピードで流れて行った。雲足が速い。
 そして雲が履けると青空。これを台風一過の空というのだが、箕田の心は晴れない。つまり、生活が芳しくないためだろう。ただ、これは慢性化しているので、それほど気にすることではないが、好きなものが食べたいときでも、それを食べると月末のおかずが貧しくなる。
 しかし、その貧しさが箕田の好みでもある。今よりももっと貧しい暮らしをしていた。夕食のおかずがちくわ一本。それを薄く輪切りにし、多くあるように見せた。醤油を一杯かけ、ちくわの穴が表面張力で幕を張るほど。
 これだけでご飯は進むが、栄養的にはどうだろう。ただ、米を食べているのだから、そこだけは押さえてある。それと魚は出汁じゃこ。これは尾頭付き。魚を何匹も食べていることになる。味付けはしない。そのままでも香ばしい。そして噛めば噛むほど複雑な味がする。噛んだりしがんでいるとき、箕田は猫のように目を細める。これは人には見せたくない。「見たな」「見たであろう」と油をなめている化け猫のようなもの。
 しかし晴れたので、体調はよくなり、それで機嫌がよくなった。それだけのことで、気分が変わる。いい感じだ。安上がり。特に何かをしたわけではない。
 箕田は夏場遊んで暮らしていたキリギリスではない。年中蟻さんをやっているが、いい有様にはならない。蟻程度の動きでは何ともならない。もう少し大きな虫でないと、運ぶ餌も小さい。
「空は晴れても心は闇よ」と呟きながら、箕田は路上を行く。いいものが落ちているかもしれないと、期待しているわけではない。
 雲が流れ、動いているように、箕田も動いている。その動きがよくないのか、いつも迷走。瞑想しながら歩いているわけではない。
 市街地の賑やかなところに出た箕田は、知り合いを見付けた。軽く「やあ」という感じで手を上げると、その友人、一瞬気付いたようだが、さっと視線を外し、身体の角度も変え、何か思案げな顔をわざとらしく作り、さっと方角を変えた。
 箕田に近付くとろくなことはない。だから、友人知人は避けて通る。
「箕田さん」
 逆に声をかけられる。後ろからだ。
「箕田さんじゃありませんか」
 芝垣という怠そうな男だ。
 箕田は聞こえないふりをし、ポケットから手帳を取り出し、それを見る振りをし、早足で、後方の芝垣から遠ざかった。
 箕田が避ける相手。その芝垣、余程重症なのだ。関わるといけないと思い、箕田は逃げた。
 自分よりも下がいる。箕田は少しだけ、安堵した。
 
   了



  


2020年9月11日

小説 川崎サイト