小説 川崎サイト

 

欲心


「欲を捨てることで、別のものが見えてくる」
「はい」
「聞いておるのか」
「聞いています」
「では続ける」
「はい」
「欲に目が眩み周囲が見えなくなる。他のものでもいい。その眩んでいる目の近くにあるもの。実はそこに美味しいものがあったりするのじゃ」
「聞いていますが、もう分かりません。僕は何を見ればいいのですか」
「欲を捨てる。諦める。これは容易なことではないが、実は簡単」
「僕は何を見ればいいのですか」
「まあ、聞きなさい」
「はい」
「欲を抱けないことが分かったとき、捨てることができる。捨てるというより、諦める。無理だと」
「何を見ればいいのですか」
「欲とは関係のないものを見るようになる」
「何を見ればいいのでしょう」
「まあ、聞きなさい」
「はい」
「欲を抱けんことが分かれば頭も切り替わる。別の見方をする。すると、本来の見え方になる」
「だから、何処をどう見ればいいのですか」
「まあ、聞きなさい」
「はい」
「欲が邪魔して、本来のものが見えなかったのだ。いや、見ていたが、欲のある目で見ていた。所謂欲目だ。しかし、人は誰もがよく欲目で見る。それで本来のものを見失う。そこから欲を抜けば、最初から見ないかもしれない。欲が抱けないものは見もしないはず」
「だから、何を見ればいいのでしょう」
「まあ、聞きなさい」
「先ほどからずっと聞いています」
「何を」
「何を見ればいいのかと」
「ほら、それが欲というもの。その何が問題なんじゃ、きっと欲の塊が、その何なんだろうなあ」
「おっしゃる意味が分かりません」
「まあ、聞きなさい」
「はい」
「欲を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」
「川柳ですね」
「欲心が目を眩ます」
「はい」
「しかし、諦めることはできる」
「それはさっき聞きました」
「よく覚えているじゃないか。しっかりと聞いていたんだな」
「はい」
「諦めるというよりも、欲を出しても仕方がないと知る。その場合、結構落ち着く。ここが境地じゃ」
「いきなり境地だと言われましても、中間を飛ばしすぎです」
「まあ聞きなさい」
「先ほどからずっと聞いています」
「よし」
 
   了



2020年9月24日

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