小説 川崎サイト



麦茶

川崎ゆきお



「水ぐらいしかないぞ」
「冷たいか」
「一応麦茶だ」
「水より上等じゃないか」
「さすがに水だけじゃ、味気無いからなあ」
「水道臭いしなあ」
「麦茶なら緩和される」
 吉村はポリ容器の麦茶をコップに注ぐ。
「ビールみたいだな」
「放置していると麦酒にならんかな」
「ならん、ならん」
「なせばなるわけじゃないんだな」
「放置だから、何もなしてないしね」
 黒岩はゴクリと飲む。
「喉、乾いてたの?」
「少しね」
「じゃ、好きなだけ飲んでよ。出しとくから」
「ありがたい。家じゃ、ずっと飲んでるから」
「暑いからねえ」
「扇風機つけると余計喉が渇く」
「エアコンはどうしたの。あったじゃないか」
「客が来た時だけだ」
「電気代かかるもんなあ。でも、この部屋はいらないよ。風通しがよくて、涼しいよ」
「だから、一階の北向きにしたんだ」
「ところで、仕事なんだけど」
「また、辞めたの」
「だから、平日に来れたんだよ」
「俺も探さないとなあ」
「短期のバイト探してる」
「それがいい」
「楽なのを探してる」
「それもいい」
「結局見つからない」
「当然だろうな」
「吉本は同じ会社にずっといるけど、居心地いいんだろうなあ」
「悪いって言ってた」
「じゃ、我慢強いんだ」
「鈍いだけだよ」
「でも、仕事が面白いとか?」
「それもないみたい。下手に辞めても同じことだから、ずっといるみたいだよ」
「そのほうが賢いのかも」
「地獄の日々らしいよ。最近電話しても元気がない。辛いんだろうなあ」
「僕らは、それで辞めてしまったんだろ」
「会社に残っても、先が見えてるからなあ。半分も残ってないだろ」
「それ以下だよ。うちなんか」
「それに耐えたものだけがビールが飲めるんだ」
「僕はこの麦茶でいいよ」
「そうだな」
 
   了
 
 



          2007年8月24日
 

 

 

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