幽霊電車
入ってきたのは幽霊電車であることは分かっていた。
三村はホームのベンチに座ったまま立ち上がらない。見送るべきだろう。各停しか走っていない路線で、終点まで三駅ほど。
幽霊列車は車両が古い。おそらくこの鉄道ができた頃のものだろう。木材も使われている。しかし電圧とか、そういうものは合うのだろうか。まあ、幽霊電車なので、動力はいらないのかもしれない。車輪の一つが欠けていても走るだろう、水平に。さらにレールに接しているようでいて、実際には浮いているのかもしれない。幽霊には足がないというが、車輪は付いている。
こんなものに乗るとろくなことはない。
幽霊電車は大きなブレーキ音を立てながらホームに着いた。錆びた鉄の砂が舞う。車内を見ると、誰もいない。運転手も乗客も。そして車内は薄暗い。昼間なので、中はもっと見えるはずなのに。
電車が止まったとき、ドアが開いたが、よく見ると手動ドア。それが勝手に開いた。
ベンチに座っていた三村は、それが開いたことで、思わず腰を浮かした。開くと乗りたくなる。これは幽霊電車の誘い。それには乗るものかと、腰を下ろした。それに誰も乗っていない。
わざわざ幽霊電車になど乗る人などいないだろう。子供なら別だが。
幽霊電車は長く止まっていた。この駅でそれだけの時間停車する電車はない。すぐに出る。
駅員も出てこない。当然幽霊電車の車掌も首を出さない。誰も乗り降りしないので、閉まる前の笛などいらないのだろう。
いつもならアナウンスがある。それがないのは幽霊電車のためだろう。
かなり経ったが、まだドアは開いたまま。なかなか発車しない。信号待ちではない。前方の信号は青い。何を待っているのだろう。
三村ではないか。
幽霊電車は三村が乗ってくるのを待っているのではないか。
お呼びだ。
三村は腰を上げた。
自分のためにじっと待っていてくれる。ダイヤの遅れなどがあるはず。しかし相手は幽霊電車、そういうものとは関わらないのかもしれない。
ギューという木がこすれるような音がした。
動力が不明なドアが半分閉まったが、すぐにまた開いた。
呼んでいる。
そしてよく見ると、開いているドアはそこだけ。三村の前のドアだけが口を開けている。
ご指名だ。
そこまでされると乗らないわけにはいかないだろう。
三村はその手に乗ってしまった。
了
2020年9月26日