小説 川崎サイト

 

夜鬼


 いつも暇な妖怪博士だが、最近訪問客が多い。日に何人も来ることがある。藪医者よりも流行っているかもしれない。当然待合室などはないので、表で待ってもらう。
 そのほとんどは妖怪を見たとか、出たとかが用件。そんなもの放っておけばいいのだが、妖怪博士は妖怪研究家なので、参考になると思い、断りはしない。
 季節の変わり目に妖怪は出やすいようだが、ここ数日は出過ぎだ。たまにそういう年もあるが、潮のように引いていき、すぐまた暇になる。
 その中の一例を紹介しよう。
「夜中に出るのです」
「どのような妖怪ですかな」
 ここで既に妖怪と決め付けている。他の現象かもしれないのに。
「蟹です」
「それはただの蟹じゃないのですかな。家の中に出るので、妙なだけで」
「いえ、大きいです。座布団ほどあります」
「そんな大きな蟹は高いでしょ」
「姿は蟹に似ていますが、甲羅のところに大きな顔があります。甲羅一杯に顔。大顔です」
「横に歩きますか」
「前後左右、全方向に動きます」
「爪は」
「ありません」
「蜘蛛に近いですなあ」
「甲羅があります」
「甲羅が顔。平家蟹のようなものですな」
「それが最近頻繁に出るのです。音で分かります。ゴソゴソ動いてます。そして私の部屋に入ってきます。まだ寒くないので、襖とかは全部開けていますから」
「なるほど」
「これは何でしょう」
「夜鬼でしょ」
「鬼ですか。でも形は蟹ですが」
「夜に現れる雑多な妖怪のことをまとめて夜鬼と呼んでいます」
「退治する方法はないのですか」
「被害に遭いましたか」
「布団の中に入り込んだようで、コタツを入れた覚えはないのに、何か足元に塊がある。掛け布団をめくってみると、そいつも寝ていたらしく、じっとしている。怖々足で突いてみると、ワッと言って逃げ出しました」
「ワッとですかな」
「そうです。ワッとです。泣きづらでした」
「じゃ、あなたを襲う気はない。まあ、猫が入り込んだと思えばよろしい」
「でも、出ないようにする方法はありませんか」
「夜鬼が沸いて出る場所があるはず。そこを押さえれば、出ないでしょう。思い当たるところが家の中にありませんか。庭でもよろしい」
「使っていない井戸の蓋が壊れて、空きっぱなしになってます」
「じゃ、何かで蓋をすれば、もう出てこないでしょ」
「ああ、なるほど、流石妖怪博士」
「はいはい」
 というような妖怪談が多い。
 わざわざ語る必要もないだろう。
 
   了



2020年10月1日

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