小説 川崎サイト



河川敷

川崎ゆきお



 炎天下の河川敷で中村は立っていた。気が付けばそこにいたわけではない。夢遊病者でもないし、徘徊でもない。
 ある程度意識的に川に向かったのだ。
 河川敷は野球ができるほど広いが、その場所は荒れていた。
 水量が多いと水が来るのか枯れ枝やゴミが転がっている。
 中村は向こう岸を見る。
 水が流れている。幅は狭いが歩けるほどには浅くはない。
 渡りたいのなら橋がある。橋は遠くに小さく見えている。しかし、そこまで歩けば気分も違ってしまう。
 中村は小石を踏みながら、ふらつく。体が悪いわけではない。歩道のようにフラットではないためだ。犬でも連れて来れば喜びそうな場所だ。
 中村は放し飼いの犬のように先へ進む。
 その先は川岸だ。そして、そこから先は常識的には進めない。下半身を濡らしてまで渡る必要がないためだ。
 草の蔓に足を引っ張られ、よろけそうになるが、こけるほどバランス感覚は悪くない。
 足場の悪さは承知しているだけに、それなりの構えで歩いている。
 頭に手を当てると髪の毛が熱い。熱中症が心配だが、炎天下で何時間も働いた経験から、まだまだいけると過信している。
 喉の渇きもない。
 中村が川に向かったのは、何もないと思ったからだ。
 しかし夏休みなのか親子連れが釣りをしている。川岸の深い場所で釣り糸を垂らしている。父と娘だ。
 中村との距離は百メートル以上ある。この距離感は無視できるが、相手の動き程度は見える。
 中村はその親子の家庭を想像した。娘が川釣りをせがんだとは思えない。父親が娘に釣りを教えているのだろうか。
 釣れないのか何度も場所を変えている。
 中村は川岸に寄り、水面を見る。魚のいる気配はない。川底の石には青い苔ではなく、白くぬるぬるしたものが付着している。とてもではないが裸足で足を入れる気にはなれない。
 親子は土手を登り、河川敷から去った。
 同じような小石、同じような草が河川敷の風景を埋めている。
 流石に暑けが入ったのか、中村も河川敷から立ち去った。
 
   了
 
 




          2007年8月25日
 

 

 

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