小説 川崎サイト

 

気遣い


 気を遣う人と、遣わない人がいる。気を遣われている人は楽だ。気を遣われていない人は、まずまずだろう。下手な気遣いなど、面倒に思うし、それで普通なので、特に問題はない。
 気を遣われている人は得をしている。気を遣っている人のサポートやフォローを無料で受けているようなもの。ボランティされ続けているので。
 ただ、そんな気遣いを要求しているわけではないが、見るからに気を遣って欲しいと言っているな雰囲気の人もいる。
 それほど重要なことではなく、ただの友人知人や先輩後輩同僚、その他諸々の普通の関係でも気を遣わないといけない人は面倒。できれば同席したくない。損をしているとは思わないが、余計な気遣いがいる。だから余計なのだ。
 お気遣いなく、と言ってくれる人もいる。これをまともに受けると、気遣いされることが面倒なためだろうか。フォローされたりするのが面倒と感じることもある。特別扱いされる側が逆に気疲れする。
 ずっと気遣いしてくれている人が、いざというとき、消えたりする。または動かない。そして普段は気遣いの欠片もない人が、いざというとき、動いてくれたりする。
 しかし本当に尊敬している人や、その存在に憧れている人に対しては、普通に気遣いする。まあ、礼儀だろう。その相手は決して弱い人ではなく、逆に強い人。だから気遣いなど必要ではないが、気を遣ってしまう。プレッシャーもかかっているのだろう。
 また、上には気遣いするが、下にはしない人もいる。
 また、気遣い返しというのもある。こちらが気遣いしたのだから、相手も気遣いしてくれる場合もある。
 場合というのは色々で、一概には言えない。
 当然素直な気遣いもある。
「君は気を遣いすぎなんだ。そこまでやると嘘臭くなることが分からないのかね」
「はい」
「はいじゃない。気遣いするとどういうことになるのかの気遣いが君には欠けている」
「はい」
「はいじゃない。はいじゃ」
「はい」
「私に気遣いしてくれるのは嬉しいが度が過ぎると逆になる。分かるかね」
「はい」
「はいじゃない」
「はい」
「君は結局は気遣いベタ。あからさますぎるんだ。それじゃイヤミになる」
「おそ松くんの」
「違う」
「はい」
「はいじゃない」
「はい」
「私は君が分からない」
「はい」
「だから、ついつい君に気遣いするようになってしまった。それが目的なのか」
「違います」
「気遣いもやり過ぎると毒になる。分かるね」
「はい」
「はいじゃない、はいじゃ」
「はいはい」
 
   了
 


 
 


2020年10月7日

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