小説 川崎サイト

 

午後


「今日は天気も悪いし、体調も良くないので、さっさと終えて、さっさと帰ろう」
「よく、そういうことを言われますねえ」
「そうかな」
「何度か聞きました」
「特に今日は調子が悪い。やる気も起きん。家に帰って寝ていた方がいい。帰ると遅い目だが昼寝の時間」
「じゃ、これを食べて、早退しますか」
「いや、これを食べてから喫茶店へ行く。そういうコースになっている」
「分かってます。付き合います。しかし、喫茶店で何か食べて、ついでにコーヒーを飲んだ方が安くあがりますよ」
「定食ものだろ。変わり映えしない。それに食事と喫茶は別」
「はい」
「じゃ、行きますか」
「そうだね。油っこいのを食べたので、口がネチャネチャする。コーヒーでそれが消せる」
「この店にもコーヒー、ありますよ」
「ダメダメ、水かお茶でいい。それにここじゃゆっくりできない。昼時で、表で客が並んでいる」
「はい、出ましょう」
 二人は会社の戻り道にあるいつもの喫茶店へ入る。
高い店のためか、すいている。
 二人は、そこでゆったりと過ごした。
「どうだね、君の方の調子は」
「体調ですか」
「いや、仕事の調子」
「まずまずです」
「それはいい。まずまずなんだから。私は仕事の方も調子が悪い。身体の調子も今日はいけないので、社に戻っても役にたたん」
「そろそろ時間ですので」
「ああ、昼休みが過ぎるね」
「はい」
 表に出て、二人は別れた。
 若い方の社員は社に戻りかけたが、ふと足を止めた。自分も本当は休みたいところ。どこも悪くはないが、ふとそんな気になった。
 足が謀反を起こし、脇道へ逸れた。方角が九十度違う。そこを少し歩いただけでも、戻るのが遅れる。近道ではないし、また、そちらへ行く用事もない。
 先輩は社に戻らず、そのまま帰ってしまった。しかし後輩に、それを伝えている。急に気分が悪くなったので、そのまま帰ると。それを報告しないと先輩は無断早退になる。
 だから、やはり、社に一度戻ることにした。
 責任感が足の謀反を押さえ込んだ。
 少し昼休みが長くなったが、寛容範囲内。よくあること。それに昼休みから戻ってきたあと、あまり仕事をしない。腹が膨らんでいるためだ。たまに胸焼けがして、仕事どころではないときもある。
 社は貸しオフィスの一フロアを借りているがドアを開けると、深閑としていた。
 まだ、みんな戻っていないのだろうか。
 しばらく待ったが、誰も戻ってこない。
 階を間違えたわけではない。自分の机があるし、引き出しを開けると、私物が入っていたりするので、疑いようがない。
 全員、あの先輩のように早退したのだろうか。
 
   了


2020年10月11日

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