上手
目が覚めると、かなり遅い時間だった。約束の時間に間にあうかあわないかのギリギリ。下村は目覚まし時計を使っていない。滅多に朝から人と会う用事がないためだ。それに仕事に行っていないので、朝は好きなだけ寝てられる。これがしたいので自宅勤務になった。自宅警備員ではない。
雨が降っている。昨夜からまだ降り続いている。寝ている間、一度も目が覚めなかったので、その間、降っていたかどうかは不明だが、夜中、外に出ないので、関係しない。
雨の日は睡眠時間が延びる。それで目が覚めたとき、遅かった。まだ寝たりないが、起きないと間にあわない。
秋の雨、秋の朝。これは何故か眠い日がある。眠くないのは夏ぐらいだろう。暑いので起きている方が楽。
しかし、眠い。
これは美味しい眠り。ここでもう一眠りするのは、あたい千金。それほど値打ちがある。他の何よりも。
どちらへ行くか。
ものを知らないとき、それを聞くはその場の恥。聞かないでそのままだと一生の恥。
下村は後者だ。先々よりも、その場を優先する。
それとは関係はないが、ここで起きなければ先々困ることがある。人と会う約束なので、その用件に入れないし、また会わないとなると、これは約束破り。しかし遅れる程度はいいだろう。まだチャンスはある。だが、ここで起きないでグズグズしていると、遅刻の寛容範囲内から出てしまう。
さて、どうする。
迷ったときは動かない。動けないのではなく、動かない。
下村は目だけ開けてじっとしていた。当然、そのままでは瞼のシャッターが徐々に徐々に降りていく。
やがて下村は寝入った。
だが、うたた寝程度。結構長く寝ていたので、もう寝たりているのだろう。それ以上眠れないが布団の中でグズグズしていたい。秋とはいえ雨で肌寒い。蒲団の温もりがいい感じで下村をサポートする。ずっとそのままでいよと包んでくれる。
次に目が覚めたとき、遅刻の寛容範囲内から出かかった。今、起きれば、まだ遅い目の遅刻で済む。
ギリギリだろう。ここまで引っ張ったが、もう限界と、下村は起きる。
起きると意外としゃんとしていた。睡眠が効いているためだ。
それで、さっと用意し、約束の場所まで急いだ。遅刻の寛容範囲内だが、少しでも早い方が、その罪は軽くなる。
そして待ち合わせ場所に着いたのだが、先方の姿がない。
電話すると。ムニャムニャ声。
先方は下村よりも上手のようで、まだ夢の中だったようだ。
了
2020年10月13日