小説 川崎サイト

 

立ち止まる


 ある日、立ち止まってしまうことがある。道端で立ち止まることはあるが、希だ。立ち止まらないといけないものはそれほど多くはない。信号待ちでは立ったままとどまるが、そういうことではなく、注意を引くようなことでの話。
 昨日まで咲いていなかった花があったとしても、立ち止まってまでは見ない。その花に用事があるのなら別。同じ花を育てているとか、花を生けたいので、花泥棒できるかどうかを確認するとか。
 多くは移動しながら見る程度。足まで止めないだろう。
 吉田が立ち止まったのはその方面ではなく、何となく立ち止まった。路上ではない。昨日までやっていた事柄などだ。
 それが済んだ。
 何か物足りないと感じたのは、そのためだろう。やるべき目的のようなものが一段落付いたので、先へ引っ張ってくれる引力のようなものを失った。それで進めなくなり、止まってしまったわけではないが、燃やすべきものがないのは淋しい。
 一段落付いたのはいいことだが、二段三段とまだ待っている。しかし、それは先で、当面の標的はない。
 張っていた気が緩み、気張らなくてもよくなったが、気が抜けたようになる。
 これはいけないと思い、吉田は用事を探した。標的だ。これはいくらでもあるが、スタートを切っていない。やる気はあるが、放置。またはやる気が最初からない標的もある。美味しい標的を終えたばかりなので、楽しみが消えたようなもの。
 それよりも、ふぬけのようになった状態を逸したい。
 やることをこしらえるとは、このことだろう。腹に一物持つ方がいい。そうでないと腑抜けだ。
 吉田は、そういう精神面に強い寺の息子を訪ねた。同級生だ。中学時代から年寄りのようなことばかり言っていた。全て受け売りだが、その語りが坊主臭くて、それが面白かった。今も寺にいるはず。
「人生山あり谷あり」
「そういう話ではなく、もっと具体的に」
「尾籠、いや、微妙な話なので、そこに仏の話を持ち込むのは難しいのよ」
「立ち止まってしまった」
「人生山あり谷あり」
「それは仏の言葉か」
「さあ」
「それより、この気持ちを何とかしたい」
「何が起こったのか知らんないけど、分かりにくい話だね」
「急に、ふと立ち止まったんだ」
「解脱したんだ」
「そんなわけない。やることが途絶えたので、間が空いた。この間、怖いねえ。何かクニャッとして」
「あ、そう」
「いやいや、頷くだけじゃなく、こんなにいい問いかけはないだろう。ここぞとばかり、語ってくれよ」
「思い付かない」
 吉田の表情に活気が戻ってきた。
「じゃ、帰るよ」
「達者でな」
「君こそ、寺を継がないの? お父さん、かなりの年だろ」
「隠居すると駄目になるといって」
「ああ、やはりやることが必要なんだ。気を張ることが必要なんだ」
「さあ、それはよく分からないけど」
「じゃ、またな」
「ああ、いつでも来いよ。暇だから」
「ああ」
 吉田の不安は何となく去ったようだ。
 
   了




2020年10月14日

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