小説 川崎サイト

 

カレーを食べる上司


 得体の知れない上司。三村はその人と組むことになったのだが、何を考えているのか分からないようなツルンとした顔。頭もツルッとしているが横はある。そこは毛が長い。顔は下膨れで、丸い。目が大きく、瞼はまん丸でボリュームがある。
 エレベーターに一緒に乗ったとき、後から乗り込んできた大勢に押されたとき、上司は左の胸を手でかばった。どこか悪いのかもしれないが、そういうことは聞いていない。
 三村にとり、相性がいいのか悪いのか、見当が付かない。顔がツルッとしているので、取り付きにくいのだろう。頭もツルッとなので、取り付いても滑るのかもしれないが、そんなはずはない。ただのイメージ。
 上司は温和な人なのだが、何を考えているのかが分かりにくい。本当に穏やかなのか、腹に何か持っているのかが探りにくい。しかし、体型も丸っこく、人当たりもいいので、特に問題はない。しかし、得体の知れぬ、何かを秘めているような雰囲気が常に付きまとっていた。
 それで、三村は用心し、心を開かなかった。そんなものは別に開かなくてもいいし、心の扉は何重もあったりして、きりがないだろう。ただ、親しみの湧かない人だ。
 これは長く付き合わないと分からないのかもしれない。
 しかし、それが分かるときが来た。
 昼休み、食事を誘われた。滅多にない。実は仕事の打ち合わせで、昼休みだが、食べながらやることになる。だから本当に食事だけを誘われたわけではない。それに上司と一緒の食事では、寛げない。できれば誘われない方がいいと思っていた。それに得体の知れない上司なので、緊張する。
 食事といっても喫茶店。上司はいつも喫茶店で昼を食べているらしい。
 三村はランチものではなく、サンドイッチを注文。食欲がないためだ。
 上司はカレーを注文した。これもあとで分かるのだが、カレーばかり食べているらしい。しかも決まって喫茶店で食べる。カレー専門店や食堂ではなく。
 上司が注文したのは普通のカレーだが、チキンかビーフだろう。小さい肉が入っている程度。
 テーブルの上にそれが出ると、上司の右手は左の胸へいった。
 心臓でも悪いのだろうか。
 内ポケットに手をやり、何やら白いものを取り出した。ハンカチだろうか。しかし、丸い。
 その丸いものをテーブルの角でぽんと叩き、カレーにさっと投入した。卵だ。殻は右のポケットから取り出したビニール袋に丸めて入れ、さっと仕舞った。
 生卵入りカレー。
 この上司、これが好きなようだ。
 左の内ポケットに卵を忍ばせていたのだ。よく割れないものだと感心する。
 そして上司がその生卵入りカレーを食べているのを見て、ニワトリを連想した。ツルッとした丸い顔。そして卵形の目。
 これを見て、三村はやっとこの上司に馴染めた。
 
  了
   


2020年10月15日

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