小説 川崎サイト



大成功者

川崎ゆきお



「これはある学者の経歴なんですがね。世界的にも有名な先生なので、成功者だと言えると思います」
「何が言いたいのかね」
「成功へ導いた原因は失敗からだとの説は間違いではないかと」
「そのほうが失敗者に受けるでしょ」
「はあ?」
「苦しい状態があって、それを乗り越える知恵を失敗から得たと。そして失敗は成功の元という話ができるんですよ」
「そんな味の素のような」
「誰でも失敗があるでしょ。その先生だって。それを物語化するのがいいんですよ」
「研究分野での失敗はないですねえ。この先生は。これは例外ですか」
「いや、あるはずだよ」
「運がよかったと言ってますねえ」
「それを言っちゃあ、おしまいでしょ。努力して、失敗し、そこから立ち直るところが見せ場なんだよ」
「それはお話としては面白いですが、果たして現実での比重はどうでしょうか」
「比重?」
「本人は失敗だと思っていない場合、失敗が動機にはならないのではと……」
「すらすら行ってもらっては困るんですよ」
「失敗して困りたくないと思いますよ。失敗しないと成功しないとなりますと、引きませんか」
「だから、情熱なんだよ。へこたれない情熱がそこにあると……」
「でも、この大先生飄々としてらっしゃいまして、燃えるような情熱は感じられません」
「面倒な例だね。もっと苦しんでもらわないと困るよ。結局運と才能があれば成功するという話になっちまう。それじゃ、天才だけが成功することになる」
「そうじゃないんですか?」
「そうだが……」
「ほら、やはりそうでしょ。成功するのは選ばれた人間なんですよ」
「それじゃ、困るんだ。何でもない普通の人にも大成功のチャンスがあることを見せないと。そして欲得ではない仕事への執念が……」
「その先生は、お金になるからやっていたらしいです。お金に困ってられた。これを理由にしてはまずいですか」
「学者では儲からんだろ」
「金儲けではなく、少しでも楽になりたい感じでしたね」
「そんな僅かな収入を得るために頑張り、大学者になったのかね」
「こちらのほうが現実的で、リアルで、説得力あります」
「駄目、駄目、そういう先生は除外だ」
「じゃ、外します」
 
   了
 
 


          2007年8月27日
 

 

 

小説 川崎サイト