小説 川崎サイト

 

古きへ


「古に戻りしもまた新に向かう」
「何ですかそれは」
「戻った新は果たして新か、それとも古か」
「さあ」
「新から古へ行った。そのとき新は私からみれは過去。そして古から再び新へ向かうのだが、これは以前にいた場所なので、過去だ。だから古。すると、古から古へと向かう」
「よく分かりません」
「新しさを捨て、古さに戻る。そして再び新しきことに、また戻る」
「それは過去へ戻るのではなく、今に戻るわけですから、過去じゃりませんよ」
「しかし、私の目から見れば一度通過した過去なのだ」
「じゃ、新しいのに過去なんですか」
「一度体験した新しさなのでな。それをしばらく捨てて、古いものに戻っていた」
「それは何か役に立つお話しですか」
「いや、立たない」
「はい」
「そんなことを思い付いただけ。一寸今を離れ、古いところにいたのでな。そして舞い戻った今は以前いた今なので、これは昔のことのように思えた」
「役に立たない話でしょ」
「立たないが、舞い戻った今が古く感じられる」
「じゃ、新しい場所は何処なのです」
「直前までいた古き場所だ」
「でもそこは最初から古いのでしょ」
「古いが、私の最前線。私にとってはそこが今だった」
「今は刻一刻変わりますので、少し古い今に戻っただけでしょ。その今の続きをやれば、真新しい今の先端に出られますよ」
「そうだな。しかし、それが今一つ思わしくないので、古きへ行っていた。こちらの方がいいのでな」
「じゃ、その古きにずっといればいいじゃありませんか」
「その古きは徐々に新しいとこへと向かっておる。それなら先回りして、今に戻った方が早い」
「ややこしいですねえ」
「それで考えた」
「今度は役に立つ話ですか」
「少しは立つ」
「続けて下さい」
「行ったり来たりすればいい」
「立ちません」
「駄目か」
「分かりにくい話なので、それを今度僕が人に伝えるとき、苦労します。それによく理解できていませんし」
「あ、そう。でもこれはただの気分の問題で、実際に新旧をウロウロしているわけではない。気の持ち方程度」
「それじゃ弱いです」
「あ、そう」
「もっとたくましく、斬新で、未来が開けるようなお話しでないと」
「その発想が疲れるので、私は古へと戻っていたんだがね」
「しかし、何処にいても、今は今でしょ」
「そうだね」
 
   了


 
  
 


2020年10月28日

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