小説 川崎サイト

 

幽霊屋敷の月参り


 幽霊屋敷に住む富田氏へ妖怪博士は月に一度ほど訪問する。そういう依頼だ。お得意様。定期点検のようなものでもあり、供養のための月参りのようでもある。しかし、何かが出るわけではないし、供養するような対象もない。
 富田氏は温和な老紳士で、既にさる省庁を退職し、一人暮らしを続けている。そのために買ったのが幽霊屋敷。当然表立ってではなく、裏情報。
 それを知ったとき、富田氏は即買うことにした。これで退職後、退屈しないだろうと。
 温和な人にしては、変な趣味がある。しかし、その癖も温和なもので、大人しいものだ。
 ところが富田氏が幽霊屋敷を買ってから幽霊が出なくなった。前にいた人はそれで売ったのだが、その人に付いていた幽霊かもしれない。だが、さらにその前の人も幽霊らしきものを見ているし、家そのものが妙な雰囲気で、不気味なので売っている。さらにその前の人も。いずれも不動産屋だけが知っている話。
 富田氏はさる省庁にいたので、知り得たらしい。
「ところが出ないのですよ」
「それはなにより」
「毎月来てもらっているのに申し訳ない」
「いえいえ」
 富田氏が妖怪博士を知ったのも、さる省庁からだ。そういう人がいるらしいと聞いた。妖怪博士も有名になったものだが、いずれも公には出ない。密かなる存在で、ややこしい怪異があれば、その方面に強い人として、マークされていた。
 妖怪博士がお茶を飲み、クッキーをかじっている応接間は天井が高く、窓も細いが高い。中二階と三階がある洋館だが、和室もある。幽霊は中二階をねぐらにしているらしいのだが、天井が低いだけ。妖怪博士は一応そういうのを初期段階で一応調べたが、出そうな雰囲気はあるが、それらしき痕跡はない。まあ、幽霊が痕跡を残すものかどうかは分からないが。
 ただ、富田氏はそれを幽霊だとは思っていない。不動産屋は幽霊屋敷としているが、妖怪屋敷ではないかと思っている。
 ただ、その怪はまだ体験していない。
「モミジはまだ青いですが、徐々に色が落ちてきております。赤みが差す頃は晩秋」
 富田氏はそう言う話ばかりし、幽霊とか妖怪の話はしない。ネタがないのだろう。何も起こらないのだから。
「紅葉狩りに行かれるのですか」
「いや、この窓から見ることができますし、それに足腰も弱り、歩きたくないのです」
「そうですか。でも、そぞろ歩きもいいものですよ」
「そうですねえ。久しぶりに紅葉を見に行くのも好ましい。博士はどうですか」
「私も出不精で」
「それなのに、毎月出てきてもらって恐縮です。一つぐらい怖い体験があればいいのですが、あいにく、なし」
「その方がよろしいかと」
「そうですなあ。しかし、幽霊屋敷と言われていますが、嘘ですねえ。何も出ない」
「期待されておられるのですかな」
「いや、実際に妙なものや怪異があると困るのですが、いつ起こるか分からないところがいいのです」
「ああなるほど」
 お茶を飲み、クッキーを数枚かじり終えた頃、妖怪博士の月参りは終わる。
 お土産に海外からの土産物だという別のクッキーを頂戴した。当然、月参りのお布施も。
 実にいいお客さんだ。
 妖怪博士の今夜の夕食は豪華だった。
 
   了

 


2020年10月30日

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