小説 川崎サイト

 

夜の訪問者


 寝る前は元気なときと変わらなかったのだが、夜中に目を覚め、トイレに立ち、戻ってきて蒲団に入ると眠れない。いつもなら、すぐに落ちるのだが、なかなか落ちない。それに病んでいるときのように苦しい。
 また来たか、と田宮は困った顔をする。このとき、決まって眉間に皺を寄せるのだが、顔の筋肉を使うので、少し周囲が引きつる。
 夜の訪問者がまた来ているようだ。
 困ったものだと田宮は思いながら、無視して精神統一を試みた。これは大きく息をするだけのこと。これだけでも効くこともあるが、やはりすぐには寝付けない。
 少しの間、相手になってやれば、訪問者は納得し、去って行くのだが、時間がかかる。
 それで去るまで、じっとしていた。
 相手にされないことを知った訪問者は諦めたようで、去って行った。だからかまう必要はないのだ。
 そして朝まで眠れたのだが、起きると喉が渇く。唇が乾燥している。秋が深まり湿気よりも乾燥の方が高くなったためだろう。
 風邪を引いたときに出る症状に似ているが、喉も鼻も問題はない。額に手をやるが、熱はない。
 そして一日を始めたのだが、体調が良くない。あの訪問者の置き土産だろうか。やはり相手になってやればよかったと田宮は後悔する。
 だが、相手になると、毎晩訪れるようになる。訪問者は琵琶法師のように、音曲入りで語り出す。それを聞いてやれば済むことだが、起きたまま夢を見ているようなことになる。寝ていないのだ。
 琵琶法師の語りの中味は起きるとほとんど忘れている。夢と同じで、目覚めた瞬間は覚えているのだが、すぐに溶けて消えてしまう。たまに長く溶けないままの夢もあるが、それは夢を思い出したことを覚えているためだろう。夢を覚えているのではない。思い出した夢のことを思い出しているのだ。
 田宮は午前中、調子が悪かったが、午後からは戻った。特によくもなく悪くもない体調だが、風邪の引き始めなら用心しないといけないと思い、静かにしていた。
 
   了


 


2020年11月2日

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