小説 川崎サイト

 

キリギリス達


「最近どう」
 倉橋を最近見かけないので、心配して三村が見に来た。
 二人とも古くからの親友。しかしその関係は深くない。だから長く続いているのだろう。つまり深く踏み込まない。
 倉橋は寝ていた。
 ドアの向こうで「最近どう」の声が聞こえ、その声が倉橋だと分かると、布団から出てきた。
 ドアを開け、中に導く。といっても靴脱ぎから二歩程度。そこに座布団が敷いてある。客用で倉橋は座らない。その前にテーブルがあり、そちらにも座布団が敷いてある。その左右も。
 人が多く来ていた頃の名残だろう。今は三村が来る程度。
 倉橋は冷蔵庫から麦茶を出す。もう既に秋も深まっているのだが、冷やし置きが習慣化し、いつの間にか冬も麦茶。色がビールに似ているので、気に入っている。
 泡の出ないビールのような液体をコップに注ぎ入れる。これも客用だ。倉橋はもっと浅くて口の広いコップで飲む。洗いやすいため。
「どこか悪いのかな」
 三村は蒲団が敷いてあるのを見て言うが、万年床に近いのか、それでは判断できない。
「いや」
「そりゃ何より」
「見に来てくれたんだね」
「最近見かけないから」
 二人は何かの約束をして外で合うようなことはなくなっている。よく見かけるため、そのとき話せばいい。そのあと夕方なら飲みに行くこともある。生活移動範囲が似ているのか、週に一度ぐらいは出くわす。ところがここしばらくそれがない。
「夜型になってねえ」
 それを聞いて三村は納得できた。生活時間帯が違ってしまったのだ。
「仕事はどう。夜勤の仕事かい」
「いや、今はぶらぶら」
「僕と同じだ」
 二人とも長く付き合えているのは、そのあたりだ。働くのが嫌なためと。仕事に行っていない日が多いため、平日の昼間からよく顔を合わすことがある。
「じゃ、寝てなきゃ駄目か」
「いや、そうでもないけど」
「君にとっては今が夜で、寝ている時間なんだろ」
「そうだけど、気にしなくてもいいよ」
「様子を見に来ただけなので、すぐに帰るよ。寝直してくれ」
「ああ、ありがとう」
 三村は冷えた麦茶を一気に飲み干した。
「ここも淋しくなったねえ」
 座布団を見ながら三村が言う。
「ああ、昔の仲間は、みんな社会人やってるからねえ」
「そうだね」
 この二人は非社会人のようだ。決して反社会人ではない。
 そのため、貴重な仲間のようで、今は二人だけになっている。以前はもっといた。
 三村が帰ったあと倉橋は弱ったキリギリスのような足取りで蒲団まで移動した。
 
   了




 


2020年11月7日

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