小説 川崎サイト

 

宅配便が来る日


 木島はいつもゆっくりと自転車で買い物へ行くのだが、その日は急いでいた。急がなければいけない買い物があるわけではない。宅配便が届く時間が迫っているため。時間指定の頭までに戻らないといけない。その時間にピタリと来るわけではなく、そんなことは一度もない。二時間以内。早くてもその頭の時間から半時間後程度。
 買い物に出で戻ってくればギリギリ頭に間に合う。ゆっくり目のいつものペースで自転車を漕ぐと少しオーバーする。しかしピタリと頭に来たことはないので、それでもいいのだが、万が一が起こる可能性もある。
 その日に限って買い物が多い。数カ所寄らないといけない。いつもなら一箇所だけ。そういう日なら間に合う時間だが、今日は違う。
 それで早い目にペダルを漕いでいた。これは珍しい。急いでいるため。
 踏切が閉まる寸前なら急いで渡るが、何もなければゆるりと漕いでいる。それが遅すぎるのか、老女にも追い越される。走っている人には当然追い越され、また早い目に歩いている人にも追い越される。だからかなり遅い。
 しかし今日は違う。それで考えたのだが、早い人は用事があるのだろうと。だからできるだけ早くとか、時間を無駄にしたくないとか、予定が詰まっているので、早い目に着きたいとか、そういう事情があるため木島より早いのだと。
 木島が遅いのは風景を見ながら走っているため。そしてたまに止まって眺めたりする。それが今日はできない。ただ単に移動しているだけ。それでも風景は眺められるが、それどころではない。
 さて、用事だが、いつもよりさっさと済ませ、買い物もよそ見をしないで、必要なものを手にし、さっさとレジへ向かう。いつもは余計なものを手にしたり、見たりするのだが、今日はそれがない。そんな暇がない。一歩の違いで宅配便が行ってしまうかもしれない。再配達でまた来るだろうが、何時に来るのか分からない。だから時間指定で来る時間を絞り込んだ。その頭に間に合うかどうかの瀬戸際にいる。当然急ぐだろう。
 それだけのことで動きも風景も目のやり場も違ってくる。沿道風景のカット数が減るようなもの。必要なものしか見ない。
 木島は暇なので、いつもはゆったりとしたペースだが、普通の人は常に忙しいのだろう。それで普通なのかもしれない。
 木島を追い抜いていくママチャリがあった。電動アシストではない。かなり早い。もの凄く急ぐ用事でもあるのだろう。その中味は分からない。
 木島がいつもより早いスピードで走っていても、その事情など分からない。だが、早いといってもそれほどスピードは出ていないが、いつもよりも早い。もしそれを毎日道端で見ている人がおれば、今日のあの人は早い、何かあったのでは、と思うかもしれない。
 木島は腕時計を持っていない。ケータイはあるが家に置いてきた。だから時間が分からない。どの程度経過したのか、どの程度早い目なのかが分からない。
 しかし、いつもよりも早いだろう。精一杯のスピードだ。
 それだけ頑張って、戻って来ると一歩違いなら残念で仕方ないはず。
 それよりも、今日は普通の自転車と同程度のスピードで自転車を走らせていることに気付いた。
 それで普通だ。
 
   了



 


2020年11月8日

小説 川崎サイト