小説 川崎サイト

 

保身の人


 吉田官兵衛は夜中起こされた。是非ご出馬ということを取りついだ家来が伝えた。
 吉田官兵衛は若者に人気があり、また小勢力の間でも人望がある。その国の家老で数ヶ村を与えられている。不動の地位にある実力者。しかし数いる家老職の中では冴えない存在。主導権は他の家老達が握っている。吉田官兵衛はそれには興味はない。我が身大事で、余計なことをしたくない。それで誰にでも愛想良くしていた。これは保身術だ。
 ただ、そればかりでは物足りないのか、特に若手を可愛がった。また領内にいる小勢力の頭目などとも親しく付き合った。
 若侍達が騒動を起こすなどとは思っていなかったのだが、今夜その使いが来た。彼らの言うことをいつもうんうんと聞いていたためだ。
 決起。それは領国を牛耳っている筆頭家老一派を追放すること。それに小勢力も加わったが、今一つ重みがない。それでやってきたのだ。領国の家老で重臣、吉田官兵衛が加われば重みが出る。
 愛想良くしていたばかりに、とばっちりを食ったようなものだが、普段から彼らの言い分に頷いていたのだから、仕方がない。
「まだ使者はいるか」
「はい」
「どんななりだ」
「鎧を」
「いかんなあ」
「どう返答されます」
「するな」
「では」
「わしは逃げる。屋敷に何人いる」
「宿番が四人」
「十分だ。逃げる」
「私めは如何致しましょう」
「だから、しつこく聞かれれば病で伏せておると申しておけ」
「あ、はい。ではそのように致しますが、私はいつ逃げればよいのでしょう」
「別に襲ってこんだろ。一番の味方なのだからな」
「では、そのように伝えて参ります」
「使いは一人だったか」
「二人です」
「名は」
「島岡義二郎様と、木内峰ノ助様」
「若いなあ、使い走りだな。なら、誤魔化せる」
 使いは二人とも帰ったが、その後、またやってきたようだ。
 吉田官兵衛は夜道を領地である村へと向かった。その途中、山の中腹から城下に火の手が上がるのを見た。
 牛耳っていた家老屋敷を襲撃したのだろう。
 城下の様子を探らせた吉田官兵衛は、安全だと見て、城下の屋敷に戻った。
 待っていたのは筆頭家老の職だった。
 吉田官兵衛は領国を牛耳るだけの器量はなく、またその気もない。だから名誉職で十分だった。
 使いが来たとき逃げたことは当然口止めしたが、何処かで漏れた。
 吉田官兵衛は、その言い訳を作っていた。
 挙兵したようなので、領地に戻り、兵を集め、その後、参戦するつもりだったと。
 仮病を使ったのは、敵を欺すには先ず味方からで、参戦しない振りをしただけ、と。
 
   了
 


 


2020年11月11日

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