小説 川崎サイト

 

柿門封じ


 まだこんな家が残っていたのかと思いながら、その古い家に妖怪博士は近付いた。餓鬼が出るらしい。依頼人はその屋敷の主で、一人暮らし。農家屋敷なので敷地も広く、それを囲む塀も長い。倉続きの土塀も見事だが、忍者ならその土塀の低さならわけなく飛び越えるだろう。地面に刀を立て、それを踏み台にしなくても。
 それよりも今頃餓鬼が出るのだろうか。依頼者は妖怪博士担当の編集者経由で頼んできた。編集者は乗り気ではなく、同行しない。
 農家屋敷に面して廃屋がある。古くはないが、どうしたわけだろう。妖怪博士はそちらの方に興味が湧いたが、玄関口の庭の柿の木は現役らしく、柿の実が鈴なり。
 掘のような浅い疎水が流れており、それを渡ると農家屋敷の門に出る。自転車一台分程度の長さの石橋。門と繋がっている納屋の屋根が高いので、ここは忍者はしんどいだろう。
 屋敷の主、依頼者は平べったい柿のような顔をしている。元来温和な人のようだが、目の周囲に常に皺が寄っている。これは力んでいるのだ。寝ているときはその皺もできないだろう。
 主の子供達は独立し、大きな街で暮らしている。主も誘われたがこの家で一生を送りたいらしい。生まれ育った家のため。しかし、修理や植木の手入れなどで結構維持費がかかる。
「餓鬼ですかな」
「そうです」
「どのような」
「餓鬼草紙に出てくるような腹の出た」
「それが出るのですかな」
「そうです」
「何だと思われます」
「だから、餓鬼だと」
「それは何処に出ます」
「家の中」
「一匹ですかな」
「もっと多いようです」
「一匹餓鬼の姿を見れば数匹いると言われておりますからな」
「仰る通りで」
「その餓鬼、何だと思われますか」
「だから、餓鬼です」
「餓鬼の正体に見当は付きませんか」
「いろいろ考えたのですが、どれも当たっているようで当たっていないような」
「目は大丈夫ですかな」
「近いところは駄目ですが、遠くはよく見えます」
「出る時刻は」
「夜です」
「昼間は」
「出ません」
「どんな感じで出ますか」
「昼間はどの部屋にもいません。庭にも。だから昼間はいないことから、夜にやってくるのかと思われます」
「毎晩ですか」
「不定期です」
「何か持病はありませんか」
「痔になることが多いだけ。だから気をつけています」
「そうですねえ。気張ると駄目でしょ」
「それそれ」
「今までそのタイプの幻覚を見られたことはありますか」
「ありません」
「はい」
「あのう、幻覚じゃありません。本当に餓鬼が出るのです」
「はい、承知しました」
「何とかならないものでしょうか」
「餓鬼供養ではなく餓鬼封じという方法がありますが」
「それそれ」
「やりますか」
「是非お願いします」
「ところで、家の中に出た餓鬼は何をしています」
「無闇に動いています」
「無闇に」
「手を伸ばして、そのへんを駆け回っています」
「餓鬼はあなたがいることを知っていますか」
「知らないようです。近付いても反応しません」
「それだけですか」
「はい」
「じゃ、餓鬼供養と言うより、やはり餓鬼除けを張りましょう」
「それそれ。そういう結界のようなものを張ってもらえば助かります」
 妖怪博士は屋敷を出て、前にある廃屋の柿の実を二つもぎ取り、それを農家屋敷の前を流れる疎水に二つ置いた。
 主はそれをじっと見ている。
「餓鬼には水柿除けが効きます。二つで水門をなし、これで入ってこられません」
「有り難うございました」
 これ以上付き合ってられないので、妖怪博士はそのまま退散した。
 その後、担当編集者から連絡が入り、餓鬼は出なくなったと妖怪博士に伝えてくれとのこと。
 効能があったようだが、手ぶらで帰った。
 いつもの御札を売って封じた方がよかったと後悔した。
 
   了

 


2020年11月14日

小説 川崎サイト