妖怪座敷風
「家に何かいるのですが、何とかなりませんか」
という話をまた妖怪博士担当編集者が持ってきた。妖怪博士はその話に飽きたので、調べに行きたくない。
ところが編集者は粘る。依頼者は雑誌の広告主の関係者。これは形だけでも聞いた方がいい。そこを何とか説得して妖怪博士に引き受けさせた。しかし、出掛けるのはいやなので、本人に来てもらうことにした。
その本人、まだ若い。広告主の甥に当たるようだ。この甥が本家の家を継いでいる。だが本家になったわけではなく、家だけを継いでいる。辺鄙な場所にあるので、本当の本家は都会に近い郊外に引っ越した。
辺鄙な場所。引き受けておれば、そこまで出かけないといけない。そして寝ぼけ話を聞かされることになる。
いやいやながら引き受けたのは、もしやの可能性があるため。ただの寝ぼけ話の中に本物が潜んでいる可能性がある。それに依頼者はまだ若い。ボケる年ではない。
妖怪博士宅にその青年が訪ねて来たのだが、約束の時間をかなりオーバーしていた。
「場所が分かりにくくて、すみませんでした。迷いました」
しかし、たまに来る訪問者からそんな話を聞いたことがない。分かりにくい場所ではないので、すぐに辿り着ける。裏通りの奥まったところにあるのだが、迷路のような場所ではない。
「何かいるとは何でしょうかな」
「はい、まずはこれを」
青年はホームゴタツの横からすっと菓子箱を出し、コタツ蒲団の裾野を避けて畳の上を滑走させた。
よく見かける包装紙、まだあるのかと思うような百貨店のもの。
「それで、何かいるとは」
「はい、古い家でして」
本家の家族が引っ越したので、ワンルームマンションの青年が代わって住んでいる。それで数ヶ月経つ。異変は物音や、たまに何かの影のようなものが動いたり、室内なのに風が吹いたりするらしい。
妖怪博士は、この手の話は聞き飽きたので、適当に聞いていた。
「それまで住んでおられた人も、その体験がありましたかな」
「聞きましたが、そんな変な家ではないと」
「あ、そう」
妖怪博士は適当なことを適当に言って帰ってもらおうとしたが、室内に風が吹くというのが引っかる。
「何でしょうか博士」
「本家が引っ越したので、淋しいのでしょ」
「な、何がですか」
「家に棲み着いている何かでしょ」
「でも空き家じゃなく、僕が住んでいますが」
「やはり本家の家族じゃないと駄目なのかもしれません」
「血は繋がっていますが」
「まだ馴染めないのでしょうなあ」
妖怪博士は座敷風という妖怪を思い出した。室内で風が吹くと言えば、これが近い。だが、これは現象で、そういう姿の妖怪が口から風を出しているわけでも、風袋から風を吹き出させているわけではない。
もし、それが本物なら、対処方法はある。
「掃除をしなさい。特に廊下は毎朝雑巾がけを。そしてたまに柱も磨くのです。それで収まる」
これは昔の本に書かれていることで、妖怪博士の案ではない。ようするに撫で撫でしてやるのだ。
「やってみます」
「家を磨く。それでその何者かは喜ぶ」
「やってみます」
それから数日後、担当編集者から連絡が入り、怪しい現象は消えたとか。
広告主でもある依頼者はお礼がしたいと言ったようだが、担当編集者はそれには及びません、となったようだ。
妖怪博士は青年からもらった菓子箱の中の高級和菓子を一日一つずつ、食べるのが最近の楽しみのようだ。
妖怪座敷風、それは座敷童の一種らしい。
了
2020年11月17日