小説 川崎サイト

 

紅い樹海


 紅葉狩りに出て道に迷う。そして二度と出て来られないまま彷徨うのでは、と心配していると、茂みの奥に人里が見える。こんなところにそんな町があったのかと。
 紅葉狩りの名所。最寄り駅は終点の駅で、そこからもう紅葉が始まり、駅前から既に土産物屋や赤い毛氈が敷かれた長い椅子がある。椅子なのかテーブルなのかが分かりにくいが、どちらも合っている。そこに座り、そこで何かを食べる。ではお膳の上に座って食べているのではないかということだが、縁台とはそんなものだろう。移動式の縁側。夏なら将棋をそこで指す。
 観光地として全国屈指のモミジの名所。諸国の諸大名も結構来ていたようだ。
 だから道に迷い込むような深い山ではなく、また山に登る必要もない。川沿いが見所で、山の斜面まで登ることはない。山といっても麓の襞のようなもので、一つの山が前面にドンとあるわけではない。
 川には遊覧と飲食の屋台船が浮かび、ボート乗り場もある。大勢の人出で賑わう晩秋。狭い道など前へ進めないほど混んでいる。
 ところが田村は、そこから離れたためか、迷い込んだ。
 しかし、大声を出せば人のいるところに届くはず。少し小高いところから下を見ると、店屋が見えている。それで安心して、奥へ奥へと分け入った。
 人が少ないというより、いないので、ゆっくりと紅葉狩り、散策を楽しめるはず。
 だが、徐々に心細くなってきた。
 このまま紅葉狩りに出て戻って来られないのではないかと。
 そんなはずは万が一にもない。あるとすれば異界の入口に知らずと踏み込んだのだろう。何処からがこの世で、何処からが異界なのかは分からないが、目の前は真っ赤。これほどの紅葉は川沿いにはない。こんな真っ赤っかなのだから、ここがスポットになり、ここに大勢が来ているはず。しかし、今は田村が独り占め。だがそれを楽しむゆとりがなくなりだすほど、今、何処にいるのかを考えていると不安になる。
 戻ればいいのだが、小道は続いている。ただの山の繁みではない。小道があるのだから人が作ったもの。だから、この先に何があるのか、見てみたい。ここまで来たのだから。
 緑のものが目の前を横切った。飛んでいる。紅葉を背景にした緑。これは目立つ。緑色の鳥は珍しくないが、この季節、いるのだろうか。それにオウムよりも大きかったようだ。
 飼われていた肥満体の鳥がいるのかもしれない。
 田村は先を急いだ。結末を見たい。それが先ほどチラリと見た人里。屋根が見えていた。
 繁みの道を上りきると、平らなところに出たようで、そこに二階建ての大きな家がある。古民家風で大名が泊まる陣屋風。
 さらに近付くと人の気配。
 建物の裏側に出たようなので、表側に回り込むと、巨大な駐車場。ほぼ満車状態。
 表から建物を見ると、食べ物屋のようだ。
 店と駐車場の間に何人か行き来している。家族ずれもいる。
 マイクロバスや観光バスも止まっている。
 これが結末か、と田村はほっとした。
 
   了


 


2020年11月18日

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