小説 川崎サイト

 

秋眠


 春眠。それがあるのなら秋眠もあるはず。春は眠い。それと同じように秋も眠い日がある。まだ今は秋だが晩秋、すぐに冬が来る。
 武田が眠いのは小春日和のためだろうか。妙に暖かい。冬のような寒さが続いていたのだが、その日はポカポカと暖かい。しかし、眠気はそれではないようだ。睡眠不足でもない。
 朝、食べ過ぎた。
 それで動きが鈍くなる。これが秋の終わり、冬の初めの肌寒いころなら、眠気は来ないかもしれない。体が引き締まるので。
 だからやはり気温の高さも手伝って眠いようだ。小春日和の、この春は、春眠の春。春の日の眠さ。
 武田は今朝も寒いと思い、厚着をしている。これでさらに気温が高く感じられる。
 朝、外に出る。仕事だ。出勤。
 いつもの駅までは自転車で行く。家賃は安いが駅から遠い。複数の駅の中間ぐらい。どの駅からも一番遠い感じ。
 駅まで歩くのは面倒だし、バス停も遠いし、いつ来るか分からない。歩いた方が早い。しかし自転車なら、もっと早い。そして楽。
 自転車は駅から少しだけ離れたところにある大型ドラッグストア。仲間もいるようで、店内には入らないで、そのまま駅まで行く。少し歩けばいいだけ。駅前は当然駐輪禁止。
 いい気候だ。しかも快晴。雲一つない。こんな日は年に何度もないだろう。しかし、眠い。
 薬局の赤い看板が見えてきた。その前に信号があり、赤のまま。この待ち時間が長い。
 武田は信号待ちで止まると、寝てしまうのではないかとまでは思わないが、止まりたくない。しかしそのまま直進できるわけがない、赤だし、車はひっきりなしに横切っていく。
 そこで、左へハンドルを切る。止まりたくないため。眠いこの状態が気持ちがいいので、もう少し乗っていたい。
 大きな道路の広い歩道を竹田は走る。これも気持ちがいい。しかも追い風。
 眠気はまだ続いているが、一寸刺激的なことをしたので、眠気がましになった。
 刺激的なこと。これは道路を渡らなかったこと。そして左へ舵を切ったこと。この瞬間、遅刻だろう。いつもギリギリで、電車に乗る。次の電車では遅刻。
 広い歩道をスイスイと竹田は走る。これだけ走れば、気が変わって戻る気が起きても、もう無理だと諦めるだろう。
 そして、この道路は郊外へと続いている。前方に見える山が、少し近付いたような気がしたが、それは錯覚。
 そしてもう眠気は消えていた。
 そして竹田もその日一日消えていた。
 
   了
 


 


2020年11月19日

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