小説 川崎サイト

 

蜜柑と石榴


 ミカンだろうか。小学校の金網フェンスの上にある。雀もカラスも食べないのか、萎れ、枯れ出している。いい質感だ。光線状態は悪いが、一枚写しておこうと、吉田は鞄に手を入れたが、ない。
 カメラがない。持ってくるのを忘れたのだ。テーブルの上に置いてきた。出るとき、それを鞄に入れるはずだった。だから分かりやすいところに出していたのに。
 このあと、吉田は街中をウロウロする。犬のように散歩が必要なのだ。そういう縄張りがあるわけではないが、毎日通るコースがあり、吉田のテリトリー。
 それでカメラを取りに戻ることにしたが、もうかなり来ている。引き返すには距離が長すぎる。その往復を考えると、諦めた方がいい。だが、天気もいいし、穏やかな日。滅多にそんな日はない。ミカン以外にも、このあと写すだろう。
 それで、自転車をユータンさせ、小学校の端まで来た。交差点があり、待たないといけないが、信号はない。いつもとは違う方角、反対側。見通しは悪い。
 いつもは見通しがいいので、車の様子や、左右の信号を見ながら、車の切れ目を見付けて、すっと渡る。渡り慣れている。しかし逆側からでは様子が違う。
 もう車は来ないだろうと思うと、赤信号になりかけで猛スピードで走ってくる車が見えた。それでタイヤを引っ込める。
 いつもと違うことをしている。それでいいのかと、吉田は少しだけ不安になる。こういうところでもし接触事故でも起こしたとすれば、カメラを取りに戻らなければ起こらなかったことになる。
 そして、同じ道を引き返しているのだが、全て反対側から。
 よく知っている通りだが、後ろを振り返ってまで見ないので、逆側の面が目に入ってくる。こんな通りだったのかと、改めて思うこともある。見えていなかったのだ。
 それよりも、今は小学校の端にあるミカンを写したあと、次の角を右へ曲がり、神社前を走っているはず。時間的にはそうなるが、今は引き返している。何か縁起の悪いこと、引き返すことで、踏み込んではいけないところに入り込むのではないかと、あり得ないが、そんな気がした。当然ただの思い付きで、本気で考えているわけではない。
 そして家の近くまで来た。まるで予定されていない人、その時間帯にいてはいけない人のように、玄関を開け、カメラの置いてある部屋は入ろうとした。カメラはテーブルの上にある。その向こうにパソコンなどが置かれたもう一つのテーブルがあり、椅子があり、いつも座る場所がある。そこに誰かが座っているのではないかと、ふと思った。
 誰が。
 吉田自身。
 しかし、吉田は散歩に出た。吉田は一人。
 だが、吉田が家を空けたときは別の吉田が使っているのかもしれない。
 誰だ、その別の吉田とは。
 そんなことを思いながらテーブルのカメラを掴み、鞄に入れた。パソコン前の椅子には当然ながら誰も座っていない。
 もう一人の吉田は吉田とそっくりだろうか。それとも今の吉田より若かったりしそうだし、うんと年寄りの吉田かもしれないし、吉田ではなく、まったく別の人物かもしれない。あくまでも冗談のような想像だが。
 それで、再び自転車に乗り、散歩の続きをやることにしたが、今度は同じところを四回通ることになる。同じ道筋の風景を見ても仕方がないと思い、コースを変えた。
 これはこれで、予定にないこと。本来なら、そんなところを通らない。だから、これはこれで縁起の悪いこと、禁忌的なことをやっているのではないかと、また不安になる。あくまでも半ば冗談で、異変が起こるわけがないとは思っているが、そんな雰囲気がするのは確か。
 別ルートを走り出し、すぐに木の実を見付けた。ザクロだ。頭をかち割られ、ザクロのように、などと連想が走る。それが一つだけ残っている。先ほど見たミカンと交代だろう。
 吉田はミカンの代わりに、ザクロをパチリと写し、別コースを取りながら、いつものコースと合流した。
 そのあとは妙な妄想は湧かなかった。
 
   了

 


 


2020年11月20日

小説 川崎サイト