小説 川崎サイト



河童のいる池

川崎ゆきお



「この人の場合、どうでしょうか?」
「どんな感じですか?」
「庭で河童を見ています」
「私がその方面の人間なら信じますがね。いえ、河童がいることを信じるわけではなく、それに類する現象として」
「では、先生の立場としては?」
「幻覚でしょう。この場合何でもありです」
「河童が来る庭があるだけでも羨ましかったです」
「あなたは、マンション住まいでした?」
「そうです。だから、安田老人が庭のある家に住んでいるのがちょっと羨ましかったです。まあ、お伺いすると、猫の額のような余地に近い庭でしたがね。手入れもあまりなさっていないようで、雑草が伸び放題でした」
「そこに河童ですか?」
「庭に池があるんですよ。庭の真ん中です。ですから庭というより池なんですね」
「庭の面積に対して池が大きすぎると」
「比べての話です。小さな池です。その周囲は湿地のようになっています」
「それは、造ろうと思ってもなかなかできないですねえ」
「かなり古いです。昔の池です」
「その池に河童が現れるのですか?」
「河童は子供ぐらいの大きさでしょ。それなら、池は風呂桶程度です」
「行水に来るのかな?」
「ですから、河童のサイズが小さいのです」
「どれぐらい?」
「蛙ぐらいとか」
「じゃ、それは蛙なんでしょ」
「それは当たっていると思います」
「庭の池に蛙はいるんですか」
「それは聞いていません」
「いるかもしれませんねえ」
「近くに田圃もありますし」
「蛙を河童と見間違えたわけでしょうね」
「しかし、二本足で立っていたとか」
「二足歩行する蛙ですか。鳥獣戯画の世界だな」
「先生はどう思われます」
「安田老人は河童を知っている。イメージとしての河童ですがね。実在はしないが、映像としてはある。見間違えたのではなく、それは蛙ほどの大きさの河童なんでしょうね」
「錯覚ではなく?」
「最初から河童なんです。蛙は関係ないでしょう」
「で、どうしてそれが見えたのでしょうね」
「その荒れた池に河童が欲しかったのでしょう」
「それは幻覚ということで、よろしいでしょうか」
「私も河童の出る池を造りたいよ」
「ご冗談を……」
「正しく言うと、河童が出そうな池をね」
「あ……はい」
 
   了
 
 



          2007年8月30日
 

 

 

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