小説 川崎サイト

 

馬鹿になる薬


「機嫌良く暮らしておられますかな」
「良いときもあれば悪いときもあります。連日機嫌が良いのがいいのですが、そうはいきません。それに楽しいことが毎日続くと身体も気力も持ちませんよ。そのうち麻痺してしまい。楽しいはずのことなのにそれほどでもなくなってしまいがちです」
「長い説明有り難うございます。ただの挨拶なんですがね」
「そうなんですか、で、あなたはどうなのですかな」
「私ですか。私のことはいいのです」
「悪いのですか」
「いえいえ」
「じゃ、毎日楽しいと」
「そこまではいきませんが、まあ、どうでもいいことです」
「そんなどうでもいいことを私に聞いたのですかな」
「だから、ただの挨拶です」
「ああ、ご機嫌ようご機嫌ようの」
「そうです」
「機嫌が良い方がいいのですがね。機嫌が悪いときもありますよ。だからずっと機嫌が良いわけじゃないし、また機嫌がずっと悪いわけじゃない」
「それは先ほど聞きました」
「それで、あなたは」
「それも答えました」
「そうでしたな。で、用件は」
「機嫌がよくなる薬を持ってきたのです」
「ほう、機嫌が良くなる。それはいいですなあ。飲めば機嫌が良くなりますか」
「はい、なります。効能が切れれば戻りますが」
「原因は何です」
「え、何の」
「だから機嫌が良くなる原因」
「神経でしょ」
「何か良いことがあって、それで機嫌が良くなるんじゃないのですな」
「そうです。何もなくても機嫌が良くなります。気分も良くなり、良い気持ちになれます」
「しかし、理由もなく機嫌が良いって、馬鹿でしょ」
「そうです。馬鹿になれば機嫌が良くなります」
「じゃ、馬鹿になる薬ですなあ」
「そうです」
「私は馬鹿ですが、機嫌がずっと良いわけじゃない」
「この薬なら大馬鹿になれます」
「大きな馬鹿ですか」
「小馬鹿じゃありません」
「じゃ、私は馬鹿じゃなく、アホです」
「阿呆ですか」
「さあ、馬鹿と阿呆、どちらが強いのかは分かりませんが、似たようなものでしょ」
「そうですなあ」
「で、薬なんですが、どうしましょう」
「機嫌が悪い日でも寝れば治りますので、必要ないです」
「なるほど」
「分かりましたか」
「はい」
 
   了

 

 


2020年11月26日

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