小説 川崎サイト

 

闇の中の走馬灯


 闇の中を彷徨っていた。二吉はやっとその先に光を見て、出口を見付けた。そこは明るい世界。現実の世界。きっと昼なので、明るいのだろう。
「ほう、闇の中を彷徨っていたと」
「そうです。でも、そちらの方がよかったかもしれません」
「闇では何も見えんじゃろ」
「明るくても実は何も見ていなかったりします」
「ほう、それは奥深い」
「それに何も見えませんが色々なものが見えていました」
「頭に浮かぶものかな」
「そうです。見飽きるほどありました。まるで録画したままの動画のように、全部見るには一生では足りないかもしれません」
「何テラ分じゃ」
「そういう話ではありません」
「録画はどうした」
「自動的に録画できます」
「しかしハードディスクが足りんだろ」
「だから、そういう話ではなく、これまで生きてきたシーンが走馬灯のように頭に浮かび、流れていたのです。それを見ていると、もう十分でした」
「走馬灯。しばし、見たことがない」
「だから、そういうたとえです」
「あ、そう」
「光を見付け、出てきましたが、この現実、相変わらずですねえ」
「まあな」
「またあの闇に行きたいです」
「飯はどうした」
「時間がないのです」
「あ、そう」
「先ほど居眠りしていたでしょ」
「ああ、していたなあ」
「あの間です」
「じゃ、短い」
「そうでしょ。闇の世界ではうんとうんと長い時間でした」
「それは単に夢を見ていただけのことじゃないのかね」
「いや、夢ではありません」
「わしも行けるか、その闇の世界へ」
「さあ。私は偶然入り込みましたが」
「どこから」
「夢の中からです」
「何じゃ、やはり夢ではないか」
「夢の中に入口がありまして、そこに入ると、もう夢じゃないのです」
「ううむ」
「その中で、走馬灯をやったのです」
「幻灯会のようなものかな」
「幻灯はスライドで静止画ですが、動画でした」
「それがよかったのか」
「昔の思い出とかが浮かび上がり、それが、また長い長い物語で」
「死にかかっていたんじゃないのか」
「いいえ」
「そうだな」
「あの闇の世界は私の故郷といいますか、私そのものでした」
「独演会じゃな」
「はい、私だけが主人公でした」
「わしは出てきたか」
「はい」
「どんな感じで」
「それは言えません」
「あ、そう」
「また、あの闇の世界に行ってみたいです」
「夢を見ていただけじゃと思うがなあ」
「そうですねえ」
 
   了

 

 


2020年11月27日

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